ZAKIOLOGY

学ぶ楽しさを探求する

やりたいことが一生見つからないという問題についての一考察

僕は正直に申し上げて、やりたいことが全く無い。

心底これがやりたい!なんていう確固たるものはない。

とりあえず、院生になりたいというのはあるけれど、

院生になりたいのも、研究をめっちゃやりたいというわけではなく、

とりあえずやってみたい。という動機に近い。

それがやりたいことなんじゃいの?

と思われるかもしれないが、

世間的にやりたいことっていうのは、

もっと強い。

僕のような動機では弱いのだ。

僕には強烈にやりたい!と思うものがない。

かといって、ブラック企業で働きたいとは思えないし、

自分の精神を粉にして売り渡すような奴隷的働き方をしたいとは思わない。

どっちかというとネガティブな感じで、これは嫌だというものはあるけれど、

そうやって嫌だ!と言っていても、

自分に何ができるのかわからないし、

自分にできることなんてたかが知れている。

社会的経験なんて、バイトくらいなものだし、

自分にこれといって素晴らしい才能があるとは思えない。

そんな状況において、何かやりたいことを見つけるというのは難しい。

 

やりたいことがわからないのは良くないと言われるし、

親世代の人間からすると、やりたいことがあるのが当たり前。

やりたいことがないなんて、ありえないのだ。

 

親世代の人間は、まだ日本に対して希望が持てた世代だし、

成長真っ只中のときの話なのだから、

何かしらやってみたいと思える業種があったのではないかと思う。

 

でも今の時代、日本において成長している産業なんてあるのだろうか?

日本において、希望が持てる業界なんてあるのか?

そう考えてみると、僕には思い当たるところがないし、

日本の企業が活躍しているという明るい話題をここ最近は聞いたことがない。

 

そんな社会的背景の中において、

やりたいことを見つけられる人は、恵まれた人なのかもしれない。

何かしらの才能に恵まれている人、

あるいは熱中できるものがあって、逆に才能が芽生えた人、

そういう人は、やりたい!と思えることがあるのかもしれない。

 

僕は、どっちかというと、やりたいことはないし、

別に、なくてもいいとも思っている。

けれど、そういうことを言っていると、

人生における方向性みたいなものがわからなくなる。

どうすれば良いのかわからなくなってしまうのだ。

 

めっちゃふわふわしたことを言うが、

やりたいことは、人のためになること。

人のためになること、なんて抽象的で、なんの具体性もない。

とりあえず、仕事をするのなら、単なる金儲けとか、単なる作業をするよりは、

本当に良いものを作って、良いと思ってくれる人が買ってくれたら良いなと思ったりする。

 

今の時代に確固たるものを持つのって大変だよね。