ZAKIOLOGY

学ぶ楽しさを探求する

院試が終わった。複数の意味において(爆笑

院試が終わりました!

複数の意味で。

 

まあ、昨日の記事にも書いたのでわざわざもう一回書く必要ないのですが、

一応、最後まで頑張ったよ!ということで、

鎮魂も込めて、書いておこうと思った次第です。

 

 

zakiology.com

 

↑昨日の記事。

 

今日は面接だったわけですが、

 

まあ、何事も無く、ほぼ雑談に近い面接をしてきました。

面接というかアドバイス?に近かったですね。

どっちかというと今後の実験や、

大学院に「もし」進んだとしたらどうしていくか、

みたいな話が主でありました。

 

研究室によっては、

キツく質問攻めされたそうですが、

我らが研究室ではそんなこともなく、

穏便に終わっていったという感じです。

 

そんな感じだったので、

予想通りというか予定調和というか、

一発逆転などあり得るわけもなく、

昨日の失敗はそのまま残ってしまったのでした。

 

昨日の時点で、

もう落ちた可能性が高いことはわかっておりましたので、

リスクヘッジに走り出しました!

 

おせーよ!というもっともなご意見、ありがとうございます。

しかしながら、僕としては院に行ってみたいという気持ちが強かったし、

その気持ちの分、勉強もできたというところがあります。

思ってもみないというか、

不思議だったのが、

そんなに苦痛な勉強ではなかったということです。

 

他のみんなは、解放された!みたいなことを話していたのですが、

僕としてはあんまりそういう解放感はなく、

どっちかというと、今後の方が勉強したいなというくらいなものです。

 

またまた~

そんな強がんなよ!

というごもっともな意見、ありがとうございます。

しかしながら、これは本心でありまして、

別にあんまり気にしていないというのが現状でございます。

 

気にしていないとかほざいていると、

父親にぶっ飛ばされそうなのですが、

親には感謝しております。

いつもありがたいと思っております。

いつも幸せに暮らしております。

こんなに勉強できて、こんなに読書できて、こんなに余裕を持ちつつ生活できているのは、他でもない親のお陰であります。

 

そんな親には申し訳ないのですが、

院試に落ちたとしても、研究生として大学に残ろうと考えています。

研究生という制度はあまり知られていないですが、

大学に残りたい!という場合、

大学に申請し、半期10万くらいのお金を払い、かつ審査に通れば、

大学で研究生として研究室に残ることが可能です。

 

審査というのが気になるところですが、

99%は書類審査なので、

内部の学生であれば、ほぼ問題ないというところが関の山です。

(たまに面談があるらしいけれど)

 

あとは、普通に就活することも考えました。

けれど、普通に遅いし、

普通にもう採用が終わっている企業も多いため、

これについては最終手段というのが僕の気持ちであります。

 

どうしても就職しなければならない。

という必要に迫られない限りは、

大学に残りたいという所存です。

 

落ちるっていう経験は、

割としてきているので、

割と落ち着いてます。

 

別に慣れたわけではないけれど、

自分が特に優れた人間ではないということは、

重々承知しております。

これまで失敗の多い人生を送ってきていて、

浪人もそうですし、

様々な場面において頑張ったときに限って裏目に出る、空回りしてしまうのです。

 

これはもう僕がそういう性質というか、

前世のカルマが重いというか、

そういう次元のものであって、

物理的にどうこうできる物ではないと思っています。

 

20年もそういう性質と向き合ってくると、

だんだん、失敗になれてくるし、

正直なところ、受ける前から、もしかしたら裏目に出るのでは?

という疑いは持っていました。

薄々そういう直感は働いていて、

やっぱりかー。

と思っている部分もあります。

 

思考は現実になる。というか、

霊感じみたものがあるのかもしれませんね。

 

だいたいそういう悪い予感は当たる物なんです。

でも、人生全体で言えば、そういう悪い予感は良い予感の裏返しだったりして、

僕なんかは、ラッキーなことにこれまで失敗続きですから、

変な期待を自分にしていないんですよね。

できないのが当たり前、というか、

できていない自分を見るのも嫌ではないし、

受け入れるのにそんなに時間はかからなかったんです。

 

だからといって、自分を卑下しているわけでもなくて、

自分には自分なりの活躍できる場がある!

とどこかで根本的に自分を信じているからこそ、

失敗しても落ち込まないということもあります。

 

もっとぶっ飛んだ話をすれば、

どうせ神様の計画なんでしょ?

と思っておくくらいでちょうどいいのです。

 

こうやって失敗させて何か学ばせようとしているんだな。

神様からのメッセージなんだな。

と思って、失敗は失敗として学んで、

次に生かせれば良いのだと思います。

 

考えてみれば、

人生100年とは言うけれど、

幸せに生きた年数がどれくらいあるのか?

というのが真の寿命なのかもしれません。

 

僕にとっては、失敗は幸せに生きるための知恵を授かるための神様からのフリであり、

全力で楽しんで学べるか?

という試練でもあるかなと思っています。

 

今後も失敗の多い人生を送っていくのだと思います。

宿命的なものなので。

でも、自分の失敗に爆笑しながら幸せに生きていこうと思います笑

 

失敗してる俺、超ダセえな笑

ちょっとへこんでしまってる俺、ウケるわ~爆笑

って感じで少し客観的に笑ってみると、

意外と楽しいもんですよ笑

 

それに、失敗したからこそ、

こうやってブログに書くネタができたわけで、

失敗のコレクターってめっちゃ面白い人なのではないかと思うのです。

 

失敗なんて楽しむくらいでちょうど良いのです。

みなさんも、失敗は楽しんじゃうメンタリティを持ってみてはいかがでしょうか?

以上!