ZAKIOLOGY

学ぶ楽しさを探求する

最近の悩みは抽象度が下がりにくくなってしまったこと。

最近の悩みは抽象度が下がりにくくなってしまったこと。

 

昔はもっとくよくよ悩んでいたようなことがあったとする。

例えば、飲食店のバイトをしていて、

注文の取り違えがあって、客からクレームを言われるとする。

それで、シェフに怒られたとする。

 

数年前までの僕であれば、間違いなく、抽象度が下がり、くよくよと悩み、

IQは下がり、さらに失敗を犯してしまっていたはずだ。

負のスパイラルにはまるのは僕のお決まりのコースだった。

焦れば焦るほど、失敗が増えていくのは皆さんも体感として理解していただけると思う。

 

それなのに、今の僕は大して思考の抽象度が下がらなくなってしまった。(焦りすぎなくなってしまった)

もっと落ち込んでもいいはずなのに、

どこか演じているような感じになる。

落ち込んでみたくて落ち込んでいるような分離感がある。

別に大して気にもしていないし、

別になんとも思っていないのだけれど、

落ち込んでいる体にしておいたほうが人の気を引けるから、

そうしているような気がする。

主演男優賞受賞レベルの演技力である。

しかし、それを演技であると理性に見破られる

 

わかりやすく言えば、理性による自己ツッコミが高度になってしまっているのだ。

いや、そんな悩むことじゃないやん。

いや、逆に怒られている俺、おもろいやん。

いや、最初はそりゃミスしたりするやろ。

いや、別に大して気にするようなことないわ。

落ち込んでる暇あんの?ないやろ。

目の前のことにさっさと集中せえや。

 

って理性が自己ツッコミしてしまう。

 

正直なところ、

悩んでいる方が楽である。

人からは気にかけてもらえるし、

悩んでいる方がなにかと便利だ。

 

僕は悩みたい。

 

悩んでいる方が楽だから。

 

なんで、こうも抽象度が下がらなくなってしまったのだろうか。

抽象度を下げたいなと思ってしまう。

 

なんでか知らんが、失敗に対してネガティブに捉えなくなった。

 

占いを勉強してわかったのだけれど、

僕の生年月日は、失敗の多い人生を歩むことになるらしい。

常識が欠如している星回りらしい。

 

詳しくは言及を避けるけれど、

僕の中には二頭の龍が同時に宿っている。

それも真反対の龍が。

 

天のエネルギーを持った龍、

地のエネルギーを持った龍。

 

その両方が同時に宿っているらしい。

 

その双龍が僕の自己矛盾と自己ツッコミを行っているのかもしれない。

 

龍の話はどうでもよくて、

占いを勉強したら、自分の今までの失敗の原因がよくわかった。

つまるところ、自己理解がはるかに進んだのである。

 

今までさんざん悩まされてきたことが一掃されれしまった。

それゆえ、僕は自分の悪いクセもわかっているし、

失敗の多い人生になることはわかっているし、

なにかしらやらかすことも想定内である。

 

想定内が広がってしまうと、つまらない。

想定外のことが起きないと、日常は手持ち無沙汰である。

 

想定外の大変な事態でも起きない限り、僕は悩まないのだろうか。

悩んで、それを克服していくことが人生の醍醐味と言えるのに、

僕にはその楽しみが薄れてしまったのかもしれない。

 

たまには悩んでみたいものだね。