ZAKIOLOGY

学ぶ楽しさを探求する

人は大して人のことを気にしていない。

僕は常々思う。

僕は人のことを気にし過ぎであると。

電車に乗れば隣の席にドシンっと無遠慮かつ堂々と座ってくる人が多い。

僕はいつも恐縮しながらチョコンと座るのだが、

そんなことをしているのは僕くらいなもので、

おっさんはそんなことを一切しない。

 

今日は猛者に出会った。

僕が端っこに座っていて、

一人分空けて、女性が座っていたのだけれど、

空いているところにおっさんが座ってきた。

 

ここまではなんてことのないことだけれど、

なんとそのおっさんは、

ずっとモジモジ動き続けていたのだ。

何やらポケットからスマホを取り出したり、

ちょっと座席を詰めたり詰めなかったり、

10秒おきくらいで断続的に動き続けていて、

僕は隣のおっさんに敬意すら覚えた。

 

僕はそんなふうに真ん中の席でずっとモジモジ動き続けることはできない。

単に怖い。隣の人の目が、視線が、圧力が。

勘違いしないでいただきたいが、

僕はその人を軽蔑しているわけではない。

単にすごいなという純粋無垢な気持ちを抱いているだけである。

 

僕はすげえな。

といつも思う。

というかいつも羨望の眼差しを向けている。

いいなあと思う。

そんな無遠慮に無配慮に行動できるなんて羨ましい。

 

でも振り返ってみると、

別に誰もそういう人に注意したりしないし、

別に誰も気にしてなどいない。

多少不快に思ったり、

羨ましいなと思ったりするだけで、

みんな何も気にしていないのだ。

 

僕はたぶんこれからも、

チョコンと座るだろうけれど、

そういう鈍感な人がたくさんいることは、

僕に勇気を与えてくれる。

 

僕はもっと無遠慮に行動しても大丈夫だということを教えてくれる。

 

僕はたぶんちょっとHSP気質なところはあると思う。

 

ちょっとした失敗でくよくよしたりするし、

なんなら今日も、新しいバイト先で、

飲食のホールというものを初体験してきたのだが、

料理を説明するのにも「えーと、えーと」の連続、

お客さんに苦笑いされてしまった。

 

そうですよねえええ。

もはや苦笑い以外の何物でもないですよねええええ。

穴があるなら入りたいよおおおお。

 

という脳内会話を脳内にぶち込み、必死に押し留めながら、

それでもやらないわけにはいかないから、

なんとかやってきた。

 

 

どう立ち回っていいのかわからず、もじもじ立ち往生。

 

こんないたたまれない気持ちを抱えるのは久しぶりだが、

 

電車にいたおっさんのおかげで救われた。

世の中にはこんな鈍感クソ野郎がたくさんいるではないか!

こんな鈍感クソ野郎でも殺されずに生きてるではないか!

俺の失敗などミジンコの大きさにも満たない!

 

そう思えた。

ありがとう、猛者たちよ。

人は大して人のことを気にしていない。

これからも勇気づけておくれ。

その当たり前の事実を再確認させてくれ。