ZAKIOLOGY

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【大学生活】最適な春休み どうでもいい話

いつも疑問だった。

どうすれば、最適な春休みが過ごせるのだろうか?

どうすれば、暇を持て余して終わることを避けられるのだろうか?

 

今回はそれに終止符を打つ。

 

結論から述べるのがいい記事だ!ということで、結論から述べておこう。

 

頼まれごとをすべて引き受けよ!

 

というのが結論である。

 

頼まれごとがないのなら、

 

自分から動くことを引き受けよ!

 

である。

 

結論から話がわかるのなら何も問題はない。

ただ、最後までスクロールしてもらいたい。

 

頼まれごとというのは、ありがたいものだ。

頼まれるということは、暇がなくなっていくということ。

暇を持て余しているのなら、暇つぶしをすれば良い。

しかし、世にあふれる暇つぶしのなんと9割が虚無感に襲われる。

残りの1割の暇つぶしこそが本物の暇つぶしだ。

残りの1割とは?

それが頼まれごとである。

頼まれごとで暇つぶしをすると基本的に副産物が得られる。

副産物の例としては、

  • ワイヤレスイヤホン
  • 給料
  • お菓子
  • お酒
  • その他もろもろのプレゼント

である。

ちなみに、これらは実際に頼まれごとをやった結果もらったものである。

 

非常に重要なことが、僕はこれらをもらえると期待してやったわけではない。断じて!

(嘘。多少なにか貰えると思った節はあるが、それ以上に貰えた)

(人生、正直さが肝要だ)

 

つまりは、単に誰かを助ければ何か副産物がもらえるのである。

これが虚無感に襲われない理由ではないか?

 

人のために何かをすることは根本的に人の喜びに繋がっているのではないか?

別に一人でも生きていける。

しかし、一人で生きていてもたまに虚無感に襲われる。

 

その虚無感と対峙して、平常心を保つには、何らかの安心感が必要である。

安心感とはどうすれば得られるのか、

人を助け、自分が役に立っていることを実感することである。

もしくは、人に助けてもらい、自分は誰かに助けてもらえることを実感することである。

 

これはどちらかだけではダメ。

なぜなら、人を助けてばかりいては、人を助けられないメンタリティのときに、自分には価値がないと感じてしまうから。

 

逆に人に助けてもらってばかりでは、他人からエネルギーを奪い続ける迷惑な輩になる。

 

つまりは、

いい人ぶるな!

弱い人ぶるな!

ということになる。

 

いい人ぶると人に助けを求められない。

弱い人ぶると人から助けてもらうことが当たり前になる。

 

誰かに頼ることは僕にとっても課題である。

どうしても、自分でなんとかしたほうが話が早いように思ってしまう。

しかし、人は誰かに頼られることは喜びでもある。

ならば、ある程度は人に頼ったほうがいい人間関係が築かれる。

どうでもいいことを人に話すこと。

どうでもいいことを人に話すこと。

どうでもいいことを人に話すこと。

3回も言ったのは自分に戒めるため。

どうでもいいことを人に話すことが人間生活には欠かせない。

どうでもいいことを人に話せなくなったら、それはもうね。悲惨。

これからもどうでもいいことをブログにも書くし、どうでもいいことを友達に話すようにする。

みなさんもどうでもいいことを人に話すこと。それを放棄しないように!