こんばんは!
今回は、気まぐれ古事記の第2回ということで、
イザナギの黄泉がえりについて書いていこうと思います。
前回の復習
前回の復習として、ざっくりまとめると、
最初は男女の別のない神様が現れて、その末っ子としてイザナギ、イザナミが生まれました。
そこから、イザナギとイザナミがまぐわいをして、国産みと神産みを行っていきます。
ところが、火の神様を産むときに、イザナミは大やけどをしてお亡くなりになる。
それを嘆き悲しんだイザナギは、黄泉の国という死者の国を訪れるのでした。
今回は、このイザナギは黄泉の国でどんなことになってしまうのか?ということと、三貴神の誕生について書いていきます。
イザナギの黄泉がえり
さて、イザナギはイザナミに会いに黄泉の国に行ったわけです。
イザナギは黄泉の国でイザナミを見つけます。
そこで、イザナギは黄泉の国からイザナミを連れて帰ろうと思うわけです。
天上界に帰ろう!というイザナギに対し、
イザナミはイザナギにこう言います。
わかりました。
では少しここで待っていてください。
準備をするので、決してこちらを見ないでください。何があっても見てはいけません。
何があっても見てはいけません。ということを言われたイザナギは健気にイザナミが来るのを待っています。
健気に待ち続けるわけです。
しかし、一向にイザナミが来る気配がない。
イザナミは何をしているんだ!
そう思ったイザナギは、しびれを切らしてイザナミを見てしまいます。
すると、そこにはウジ虫がわいていたり、腐敗してしまっていたり、とにかく醜いイザナミの姿が…。
イザナギに醜い姿を見られてしまったイザナミは激怒します。
黄泉にいる穢れの神たちを放ち、イザナミ自身も追いかけ、イザナギを捕まえようとします。
イザナギは命からがら黄泉の国を飛び出し、ひたすらもの(桃などの果物)を投げつけながらとにかく逃げます。
逃げて逃げて逃げました。
ようやく追手が来なくなり、一安心となったイザナギは、
川で体を清めようとします。
黄泉の国は死者の国でもあるので、罪や穢れを背負ってしまいます。
その罪や穢れを祓い清めよう!というわけです。
その祓い清めているときに、
産まれたのが、
アマテラス(天照大御神)
スサノオ(須佐男命)
ツクヨミ(月讀命)
という三柱の神々でした。
この三柱の神様のことを三貴神(三貴子)と呼びます。
というお話です。
この神話から学べること
これがイザナギの黄泉がえりという神話です。
この黄泉がえりという神話は神道の特徴的な神話なんです。
罪穢れですら神様なんですよね。
黄泉の国ではヤソマガツヒの神といういかにも禍々しい名前の神様が出てきますが、
汚れることも神様の働きである!というのが大事なことです。
罪や穢れを背負ってしまう。
しかし、それを祓い清めようとするときに新たな神様が生まれるということなんです。
これは人間界でも同じなのではないでしょうか?
人間、生きていれば何かしらの罪や穢れを背負います。意図せず誰かを傷つけてしまうこともあるでしょう。
しかし、その罪や穢れを恐れていたら何も生み出せなくなってしまいます。
罪や穢れを恐れず、自分が良いと思ったことを積極的に行っていき、反省、改善することで、より良い世界が作られていくのです。
ということで、今回はここまで。
次回は、アマテラスとスサノオの神話について見ていきます。
次回もお楽しみに!
参考文献