ZAKIOLOGY

学ぶ楽しさを探求する

つまらない人間とは「自分の内面を語る人」

つまらない人間とはなにか。それは自分の内面を語る人である。

少しでもおもしろく感じる人というのは、その人の外部にあることを語っているのである。(中略)

随筆とは、結局最後には心象をのべる著述形式だということは述べた。しかしそのためには、事象を提示して興味を持ってもらわなければならない。

事象とは、つねに人間の外部にあるものであり、心象を語るためには事象の強度が不可欠なのだ。

「読みたいことを、書けばいい。」 より引用

 

この本はブロガーにとてもオススメ。

めっちゃいい。

何が良いって?

それは読んでのお楽しみ、と言いたいところだけれど、

端的に言うと、学びが多い。

この本の著者がコピーライターだから、

タイトルは見ての通りキャッチーだし、

見出しもキャッチーである。

どういう見出しを書けば良いのか?ということに悩んだときに参考になるのは間違いない。

僕はそのままパクらせてもらったわけだが、

創造の基本は模倣である。

と誰か知らないけれど言っていたから、

まずは猿まねでも熊まねでもしたらいい。

 

今日は、西宮の十日えびすに行ってきた。

ものすごいエネルギー感だった。

西宮の十日えびすにはその日にしか味わえない何かがある。

神戸に住み始めてから、毎年十日えびすには行っているが、

えべっさんが守ってくれてるんだなと感じることが多々あった。

僕はえべっさんに縁がある。(と確信している)

その縁を語るのは少々重い話になるので、またの機会に。

 

こんな感じに書いてみると、いかに面白くない文章かがよくわかるだろう。

ものすごいエネルギー感だった。

とか

縁があると確信している

とか

事象ではなく、心象を語ると途端に面白みがなくなるのが体感でわかる。

 

もっと良くしてみよう。

 

今日は西宮の十日えびすに行ってきた。

十日えびすとは何か知っているだろうか?

十日えびすというのは、毎年1月9日~1月11日まで行われる、

えびす神社のお祭りのこと。

 

全国でも有名な、「福男」の爆走がなされるのは、

 

西宮神社である。

 

このことを知らない人が意外と多い。

 

ちにみに、福男になるとその年は運が悪くなるらしい。

水曜日のダウンタウンでやっていた。

 

そらそうやろ。って思う。

 

基本的に人間というのは取り過ぎたり、

勝ちすぎたりすると運が悪くなる。

だから、あんだけの競争を勝ち抜いたら、勝ちすぎだ。

そら運が悪くなって当然である。

 

なぜ、ビルゲイツや他の大富豪たちが慈善活動をするのか?

と言えば

 

自分の運を悪くしないためである。

 

 

中長期的に運の良い状態を継続させるためには、

ある程度損しておかなくてはいけないのだ。

それを知識として知っているのか、

はたまた感覚的にわかっているのかは知らないが、

世界の富豪たちはこぞって寄付をしようとするのである。

 

人から恨みを買わないこと=運を悪くしないこと

 

そう考えていただいて差し支えない。

では、人から恨みを買うときとはどのような時か?

 

それが

勝ちすぎたとき、

持ちすぎたとき、

取り過ぎたとき、

である。

すべて、度を超して、「やりすぎたとき」である。

 

スポーツ選手がけがをするのも、調子が悪いときではなく、

調子が良すぎて、やりすぎてしまったときである。

と僕の友人(陸上選手)から聞いたが、

これにもアナロジーすることができると思う。

 

要は、「やり過ぎには注意」ということである。

孔子も、

過ぎたるは及ばざるが如し。

ということばを論語に残しているが、

やり過ぎは、やらなすぎと同じくらい悪いこと。

そう思って、調子の良いときほど自粛した方が良いというわけだ。

 

うむ。

話が展開しすぎて、面白いか面白くないか、

よくわからなくなってしまった笑

 

がしかし、かなりの情報量になったのは確かである。

心象よりも事象に着目して書くと、

こんな感じになるんだってよ。

では!(´∀`∩)↑age~↑