ZAKIOLOGY

受験生から大人まで勉強を楽しみたい人のために

情熱なんていらん。むしろ、ない方がうまくいく人もおるんちゃいますかね。

僕は、何かと自分のためにはやる気が出ない性格なんですよね。

勉強も、他の活動も、ブログも何もかも、「自分だけのため」という意識でいると、

本当に続かない。

 

何か、世の中的には、

情熱を持って何かに取り組むのが良いこと

とされることが多いと思うけれど、

僕は、情熱というものがあまりない。

 

どっちかというと、バクマン。の平丸さん

吉田が暗躍!? 『バクマン。 マンガ家への道』平丸のエクストラシナリオを紹介! - 電撃オンライン

 

みたいな感じで、人に操縦してもらって、なんとか頑張れることほうが多いんです。

 

やりたいことなんて特にないし、

別にお金に対する絶対的な欲望もないし、

今の生活が嫌だとは思わない。

 

現状に大きな不満もなければ、

かといって何か燃えるものがあるわけでもない。

 

そういうことって、昭和世代の方からすると、

無気力で、ダメなやつっていう風に映るのかもしれないけれど、

 

僕にとっての最大のモチベーションは、

人に喜んでもらうこと

人に頼まれること

だったりする。

 

ブログも別に僕が稼ぐために書いているというより、

読者の方がいるからだし、

たしかにこじんまりとした小っさいブログではあるけれど、

僕にとってはかけがえのないメディアだし、

今後もブログを書き続けていくと思う。

 

でも自己犠牲っていうわけでもないんですよね。

 

自己犠牲って辛いと思うのですが、

僕の場合は、自分も楽しいし、相手も楽しい関係を求めているので、

基本的に自分が楽しむのが前提にあります。

 

ブログを書いているのはもう日課みたいなもので、

別に確固たるモチベーションがなくても

何かしらのことを執筆しているわけです。

 

今日も今日とて、特に目的もなく書き始めたわけです。

 

特に目的もなく書くと、

とてつもなくヒドイ文章になるときもあれば、

逆に思ってもみなかった良い文章になるときもあったりします。

(とてつもなくヒドイ文章の方が圧倒的に多いw)

 

なんとなく、僕が思っていることをこうしてブログに書いて、

何かしら読んだ人が何かを感じ取ってくれて、

何か生活に生かせることがあったりとか、

ちょっとだけ自由に物事を捉えられるようになったりとか。

 

そういうちょっとした変化みたいなことが読んだ人に起きていたら

とてつもなく嬉しいな

って思います。

 

 

今日の記事で言いたいのは、

とりあえず、

僕は情熱なんていらないと思うんです。

 

昭和的な価値観で言ったら、それは悪いことのように思われますが、

平成世代は、昭和を押しつけられすぎると潰れることが多いんですよね。

 

平成になってから引きこもりが増えた。

みたいなことがあると思うんですが、

それはある意味仕方ないことだと思う。

 

だって、別に、昭和のときのように経済成長しているわけでもないし、

物質的な豊かさという面からみると、もうほとんど成長してない。

 

新しいデバイスや新しいサービスはあるかもしれないけれど、

食事も住居もだいたい必要なものはそろっているし、

誰でも豊かに生活できるようになったわけですから、

昔みたいに、情熱が必要なわけでもないと思うんです。

 

しかも、物質的にいくら豊かになったところで、

結局、人の幸福度って大して変わらないんだな。

っていうことに気づいた人も多かったりする。

 

今まで、それを手に入れれば幸せになれると思い込んでいたのに、

実際に手にしてみたら、大して幸せにならなかった。

そんなことは誰にでもあるのではないでしょうか。

 

 

んなわけで、そんな時代感もあって、

人は情熱を持ちにくいことになっているのではないか。

って思うんです。

 

 

じゃあ、どうやってモチベーションを持てば良いんだよ?

って思う人、あなたは賢いですね。

僕もそれは模索中なので

絶対的な答えを示せるわけではありません。

 

ただ、ちょっとわかってきたこととしては、

利他と感謝にモチベーションを置くとうまくいきやすい。

っていうことです。

 

利他

感謝

ってなんぞや。

 

利他っていうのは、

利己の逆。つまり、相手のことを先立てるということです。

相手に利があるような状態を目指す。ということですね。

 

感謝っていうのは、

おかげさまで。の精神

別に僕の力ではないけれど、

なんか「おかげさまで」なんとかなってます。

みたいな感じ。

 

 

こういうちょっとスピリチュアルで大切だと言われるようなことを

見直してみると、結構うまくいきやすかったりする。

 

例えば、僕なんかは大学はあんまり好きじゃないし、もうやめたいとすらたまに思う。

だけど、利他的に見たら。

親が心配しなくてもいいように~とか

将来だれかにこの勉強したことを教えてあげられるように~

みたいな意識を持つようにしてから、

なんとか「おかげさまで」やめようという風には思わなくなったんですよね。

 

別にやめたかったらやめてもいいのだけれど、

別にやめなくても良いことって往々にしてあるじゃないですか。

 

なんか人って悩んだら極論に走りがちというか、

二元論的な感じで、

こっちが善!、あっちが悪!

みたいな2つの選択肢しか持てなかったりすると思うんですけど、

 

別に長い目でみたらそんなに変わらんかったやんけ。

みたいな拍子抜けすることもあったりすると思うんですよね。

 

大学やめるか卒業まで頑張るか

なんて別に人生長い目でみたらどっちでもいいやんけ。

どっちでもいいなら、まだ死ぬほど辛いわけではないし、

ちょっと辛い経験したほうが男は磨かれるやんけ。

今は辛い経験して痛い目見てても、

後で同じ思いしている人のためになるかもしれないやんけ。

じゃあ、大学やめずに、

ちょっと人よりできないかもしれないけれど、

ちょっと落ちこぼれるかもしれないけど、

続けてみよか~

 

みたいな感じで考えることもできると思ったりします。

というか、僕はそう思ってなんとかつなぎとめているわけです。

 

せっかく大学受かったし、

せっかく2年も通ったし、

せっかくなら自分のために卒業しておいた方が得や。

 

そう考えてうまくいく人もいると思うけど、

僕は、さっきも書いた通り、

「自分のためだけ」ではモチベーションわかない人なので、

親が心配しなくても良いようになるし~

もしこの辛いこと乗り越えたら誰かを助けれるかもしれないな~

みたいな事の方がよっぽどモチベーションになるわけです。

 

そんな感じで、

人によっては、情熱なんていらなくて、

誰かのために、とか

おかげさまで、みたいな感じの方が

うまくんちゃいますかね。

っていうお話でございました。

 

だらだらと申し訳ないが、

まあ

誰かの暇つぶしにはなったでしょ?笑