ZAKIOLOGY

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【書評】「在り方 自分の軸を持って生きるということ」 永松茂久さん

在り方

ということを、意識したのはいつだろうか。

僕は4歳のころから剣道をやっていた。

だからか、武士道精神みたいなものが好きだった。

剣道の前後の黙想が大好きだった。

幼少期は、あんまり剣道には乗り気ではなく、

どちらかというと、野球の方が好きだった。

しかし、剣道の前後の黙想の時間だけは大好きだった。

シンとした張り詰めた空気、蝉の鳴く声、風の音、隣の人の呼吸、

そういった普段は聞こえないふりをしているものの声なき声を聴いているようなあの恍惚とする気分。

それが大好きだった。

 

なぜだろう。

在り方という言葉で浮かんでくるのはそういう情景なのだ。

 

在り方とは、道である。

道と術があるとするならば、

やり方が術で、あり方は道。

 

あらゆることを探求し続ければ、道になる。

武士道、商人道、受験道、仕事道。

 

道とは、美しさを追求する姿勢だ。

 

美しいあり方を探求することこそ、道の目的だ。

 

それを思い出させてくれた本

 

在り方

在り方

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 この本の中で、良かったと思った箇所をいくつか紹介する。

 

根っこを忘れていませんか?

世界基準の座標軸で見ても、日本人はかなり自国の歴史に対して無責任というふうに捉えられています。歴史に対する意識の低さは、他国と比べても類がないでしょう。

未来ばかりではなく、私たちは今、もう一度先人の歴史を見つめ直すことが大切だと私は思います。

 

日本人は原点を忘れてしまっている。

歴史認識にしても、自虐史観と言われるように、

偏った歴史しか知らない。

それに対する危機感を持って、活動されている方も何人か知っているが、

まだまだ少ない印象だ。

日本人がなぜ、日本のことをもっと学ばないのか。

 

もっと日本に誇りを持っても良い。

日本は確かに失敗もしてきた。

しかし、数々の偉業も成し遂げてきた国だ。

もっと日本の歴史の善なる光の部分を見ても良いと僕も思う。

 

何より、日本的な精神性を忘れるのは、本当にもったいない。

せっかく、こんなに素晴らしい精神性が根付いているのに。

その精神性を端的に言い表すなら、神道であり、武士道であり、日本的霊性だ。

日本的な根っこを思い出す原点回帰のとき。

この点に関して、激しく同意するところ。

 

変化の中でいかに生きるか

死を怖いものとして捉えるのではなく、いつかは必ずやってくる無常観の到着地点として捉えてみると、おのずと目の前に「いかに生きるか?」というテーマが立ち上がってきます。

この命をどう使うのか?どういう在り方で生きていきたいのか?

つまり無常観とは、死を怖れるものと考えるのではなく、自分の命を輝かせるためのものと捉える観点であり、この観点で、先人の感覚に触れてみることも大切なことだと思います。

 コロナ禍において、

死生観が問われることになった。

無常観とこの本の中では表現されているが、

死生観こそが大切だと僕は思う。

どういう在り方で生きていきたいのか?

ということは

どういう在り方で死にたいのか?

ということと同義だ。

 

要は、自分がどう死ぬのが1番納得がいくのか。

それを自分の軸として考えてみることは大切だと思う。

死を怖れるものと考えるのではなく、自分の命を輝かせるためのものと捉える

と書かれていたが、

まさにそうで、

あなたはあなたの命を輝かせて生きているか?

 

長いものに巻かれよ。

その他大勢で生きる。

それを一概には否定できない。

それが好きな人もいると思うし、そうしなければならない人もいる。

しかし、

これを読んでいるあなたは少なくとも、在り方に興味がある人だと思う。

つまり、その他大勢でいることに嫌気がさしているのではないか?

 

その他大勢で生きる方がカンタンで楽だ。

なぜなら考えなくても良いし、自分で責任をとらなくてもいいからだ。

 

逆に自分の軸をしっかりもって、問を立てる生き方には苦しみも伴う。

ただ、それでも魂を輝かせて生きているのは圧倒的に後者だ。

 

ぜひあなたも自分の軸を持って、あなただけの人生を愛していってほしいと僕も思っている。