ZAKIOLOGY

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【書籍レビュー】マルクス・ガブリエル著「つながり過ぎた世界の先に」

こんばんは。

おざきです。

今回は、マルクス・ガブリエル著「つながり過ぎた世界の先に」

を読んだので、レビューしていこうと思います。

 

 

 

人類がウイルスから得た教訓

人類がウイルスから得た教訓とは、

人々は、倫理的な行動をすることで環境も経済も両立することが可能である。

ということです。

昨今では、持続可能な社会を実現しよう!という方針が打ち立てられていましたが、

ウイルスによって半強制的に一時的にそれを経験できたのです。

ウイルスがはやったことによって、大気汚染が減少し、川の水は透き通った。

倫理的に環境を守りながら、経済も回すことは可能だったのです。

 

マルクス・ガブリエル氏は、「善の収益化」という言葉で経済における価値と、倫理的な価値を結びつけることの重要性について述べています。

 

「ネイチャー・ポジティブ」な経済は実現可能です。

経済的価値体系を、倫理的価値体系と一致させればよいのではないでしょうか。

私はこれを「善の収益化」と呼んでいます。

善を収益化できるのに、我々はなぜ悪を収益化するのでしょう?

搾取が最高のビジネスモデルだと決めたのは誰でしょう?

搾取モデルはちっとも良いモデルではなく、今崩壊しつつあります。

 

コロナ後のビジョン

コロナ後のビジョンとして、議論が盛んなのが、

ディストピアユートピアかという議論です。

ディストピアというのは、ユートピア(理想郷)の反対の世界で、最悪の世界のことです。

ジョージオーウェルの1984のような管理社会になってしまうのではないか?

という懸念を示すインテリの方々も多くいらっしゃいますが、

マルクス・ガブリエル氏はユートピアのような社会について本書で言及しています。

この危機を経た後のビジョンとして、私は環境への配慮が行き届いた、技術的に進んだ世界を思い描いています。

そこではもっとゆったりしたスピードでグローバリゼーションが起き、人々が敬意と感謝の念を持って生きています。

「ありがとう」という言葉が頻繁に交わされ、誰もが生きていることに感謝し、人との出会いや食べ物に感謝し、知的な生命が宿るこの地球に住んでいることに感謝しています。

 ものすごく良い社会だなと思います。

そして、日本についても述べていて、

しかし今の日本は、他の多くの場所と同じように非常にアメリカナイズされてきたという問題があります。日本のアメリカ化は止めなければなりません。

日本人より、よくわかっていらっしゃるなと思います。

 

 日本は戦後GHQの戦略によって洗脳されてきました。

それをWGIP(war guilt information program)と言いますが、要は「戦争の罪の意識とアメリカ的な価値観って良いよね!」ということが植え付けられるようになっていたわけです。

日本人は日本人としての誇りを持てなくなってしまったわけですが、

日本人は日本人らしさを取り戻す必要がある。

このことに関しては、藤原正彦氏の「日本人の誇り」という本が参考になります。

 

日本人の誇り (文春新書)

日本人の誇り (文春新書)

 

 なぜ、日本人が日本人としての意識を取り戻す必要があるのか?

僕は、答えは神道にあると思う。

マルクス・ガブリエル氏の言うような世界が実現されるには、

神道的な価値観が根付かなければ難しい。

神道は和える文化であり、いろいろな価値観を複合的に包括できる素養を持っています。

その神道に古くから触れている民族は?

日本人だけです。

そのような世界の雛形になることができる可能性を多く秘めているのがここ日本です。

冗談ではなく、本当にこの世界は明らかに一神教的な価値観、善悪二元論的な価値観、

階級社会構造が崩壊しつつあります。

その崩壊した先にある世界は、多神教的な価値観、一切空の価値観、球面体の構造です。

この世界を象徴するのが神道です。

日本人はもう一度神道に立ち返るべきときに来ている。

そのことまでマルクス・ガブリエル氏は言及していませんが、

自然と共存することの重要性について言及しており、

神道は自然と共存することを前提としていますから、非常につながる部分があるのではないかと思っています。

我々が「生きている」ことを実感するとき

本書では、最後に死生観についても言及していて、非常に興味深かった。

 

カントは「考える」ことだけではなく、感覚に関することにもかなり言及しています。シラーもそうなのですが、美的な体験が重要だといっています。私もそれに同意します。我々が、「確かに生きている」といえるのは、美を感じた瞬間ではないでしょうか。

 

この考えについては激しく同意するところであります。

 

本書では「美を感じる体験」のことを「感覚的快楽」と訳されていますが、

感覚的快楽というより、「魂が揺さぶられるような感動」と捉えるほうが良いのではないかと思います。

言葉選びの違いに過ぎませんが、

「美を感じる心」は「魂の次元での感動」です。

ライプニッツの言うところの「モナド」です。

 

ちなみにライプニッツの思想は、非常に東洋的で、神道に馴染んでいる僕はとても感化されました。

 

ライプニッツは万物には根源となるモナド(魂)があると考えましたが、

神道でいうところの八百万の神です。

神道では万物に神が宿ると考えました。

 

ライプニッツもカントもマルクスガブリエル氏もみんなドイツ出身でありながら、

割と東洋的な考え方をお持ちになっているのが非常に面白い点だと思います。

にしても必ず優れた哲学者が現れるドイツには感服する。

ドイツという土壌には優れた哲学者が生まれる環境が整っているのだろうか。

 

最後に

この本は割と哲学を知っていないと辛いかもしれないです。

哲学を知っていると、非常に知的ハイになるそそられる本です。

非常にオススメです。

つながり過ぎた世界の先に (PHP新書)