こんばんは。
おざきです。
今回は、「超勉強力」という本を読んだので、思ったことを書いていこうと思います。
最近、ニュースピックスのYou Tubeを見て、山口さんについて気になっていたので買ってみました。
しかも僕が何冊も読んできている中野先生との共著!
お二人はどちらも東大卒のエリートなわけですが、
非常に面白い内容でした。
勉強は凡人が活躍するための最強の武器
まず、
お二人は決して天才ではない。
正しい努力の積み重ねをされてこられた方々です。
なので「虚心坦懐に」読む必要があります。(くれぐれも
「東大卒なんて結局才能でしょw」
とか
「東大なんて自分には到底無理。」
という先入観を持っていては、伝わるものも伝わらないものです。
この本は、ちゃんと努力した人が書いた本であり、自分にもつながる部分が絶対ある。
そういう姿勢で読んでいただいたほうが良いだろうと思います。(いつでも大事
で、そういう姿勢でこの本を読んでまず、思ったのは、
勉強は凡人が活躍するための最強の武器である。
ということです。
勉強って、だれでもできるし、だれでも努力次第でどうにでもなる。(とりあえず遺伝子格差はおいておきましょうw
しかも何歳になっても楽しめるし、お金が無くても頭の中には残ってる。
なんで、読書が好きなのか?
と聞かれると、
ただ楽しいから
っていうこともありますが、
最強の投資だからです。
お金って最悪、落としたらなくなってしまうけれど、
知恵や、知識は落とすことがないんですよね。(わすれても思い出せる
しかも、本なんてそもそも盗難される恐れが殆どないですし、
そもそも泥棒するバカは本なんか興味ないので、
一番リスクが低い投資先であり、
一番リターンが大きい投資先なわけです。
こういうとそんな損得で選んでるのってどうなん?
って思われるかもしれませんが、
読んでるときはただただ楽しんでますからご心配なくw
「義務としての学び」と「よろこびとしての学び」
この本の中で一番、刺さったのは、
中野さんの「義務としての学び」と「よろこびとしての学び」
というパートです。
ただ、スポーツをするとするなら「筋力があったほうがダイナミックなプレーができたりスピードが出せたりして、より楽しむことができる」
ということを忘れてはなりません。そうした基礎的な訓練は、およそスキルが必要とされるものごとすべてにあてはまるでしょう。
勉強に置き換えるなら、
「義務としての学び」を積み重ねて、基礎的な力やスキルをある程度身につけていなければ、いつまで経っても「よろこびとしての学びに到達できないということになります。
これは、本当にそのとおりだと思っています。
なんでそんなに読書してんの?
とか
なんでそんなに勉強してんの?
って聞かれることがたまにあるのですが、
勉強することが喜びだからです。
勉強する意味なんてないでしょ。とか
勉強したってわからないし。とか
勉強そのものが楽しいし、勉強自体が目的化している人にとっては、ナンセンスなんです。
で、
大事なのが、「基礎」を習得しているから楽しめるということ。
僕は大学受験を終えてから、ひたすらに勉強が楽しくなった。
僕にとって、大学受験が「基礎」であり、スポーツでいうところの「筋トレ」だったわけですね。
筋トレして、基礎体力が身について、
「さあ、大学はご自由にどうぞ!」
って言われたら、超ワクワクがとまらなかったわけ。
僕はその点では大学受験は大きいものだと思っています。
大学受験で難関大に入れるかどうかで、全く違う。
難関大に入れない人は基礎がないので話が通じなかったりするんですw
僕の大好きなハイキューにもそういう感じのことを言っている場面が多々あって、
ツッキーが木兎に感化されるときとか、
ツッキーがウシワカのスパイクとめるときとか、
日向がレシーブにハマったときとか、
上げればきりがないんですが、
本当に楽しむためには強さが必要なんですよね。
勉強も同じで、楽しむには基礎がないといけない。
基礎ができたら、あとは自分の興味の赴くままに「よろこびとしての学び」を積み重ねてくことが大切なわけです。
「あーやっぱり、中野さんもわかってるんだな」
ってちょっと上から目線だけど、そう思いました。
結局、勉強は最高に面白い遊びだ
勉強は最高の遊びです。
これには異論を認めない。
古代ギリシャではなぜ、あれほど哲学や数学が発達したのか?
勉強が遊びだったからです。
というか、勉強は本質的に遊びです。
大学受験までは義務感ありますけど、
大学以降の「大人の学び」は遊びでしかありません。
僕は大いに遊んでいますw
毎日たくさん遊んでいます。
ありがたい限りですw
最後に
ここまで読んで、気になった方は、下のリンクからどうぞ!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
では。