「ウイルスは悪者か」 そもそも人間ってウイルスと共生してますよw

こんばんは。

おざきです。

今回は、「ウイルスは悪者か」という本の中から面白かったところを拾って書いてみようと思います。

まだ70ページまでしか読んでいませんが、

1記事くらいにはちょうど良いくらいだと思うので、書いてみます。

 

ウイルスは悪者か―お侍先生のウイルス学講義

ウイルスは悪者か―お侍先生のウイルス学講義

 

 

 

まず、帯のクセが強すぎるw

 

ザンビアの洞窟でコウモリを捕まえ、モンゴルの草原でひたすら糞を拾う。

 新手のパワーワードですか?w

 

あえて自分からウイルスを拾いに行くっていうw

 

世界には想像をはるかに超えてくる面白い人はたくさんいるようですw

 

ここからは少し真面目に書いていきますね。

 

ウイルスとは何者なのか

ちなみになんですが、この本が出版されたのは2018年です。

つまり、コロナ以前なのです。

その時期にここまで詳細な書籍が出版されていたことには驚きです。

 

で、本題のウイルスは何者なのかってことですが、

 

これってマジで難しい問題。

生物とも言えるし、無生物とも言えるんですね。

生物の定義は三つの要素があって、

  • 自他の境界(細胞膜など)
  • 自己の複製
  • 自己の代謝

です。

ウイルスってけっこうたくさん種類があって、いろいろなんですが、

大抵のウイルスは境界もあるし、RNAウイルスも一応遺伝情報はもってるので複製はできる。

問題は代謝で、代謝っていうのは光合成とか呼吸とか、エネルギーを生み出すことを指すんですけど、ウイルスは代謝はしないんですね。

 

かといって、生物の定義の二つは一応満たしているから無生物かと言われれば、そうとも言い切れない。

 

で、この本の中ではウイルスを「生命体」と定義しています

 

ウイルスは空気中では寝てる

ウイルスは、体内に入ってきたときに初めて、生物として活動します

 

じゃあ空気中にいるときはどうなの?

 

ってことなんですが、

空気中にいるときは、仮死状態。眠っている状態なわけです。

 

空気中にいると眠っているけど、生物の体内に入った瞬間、一気に目覚め、細胞に寄生して、細胞の複製能力を活用して増殖を始めるんですね。

 

だから空気中のウイルス自体は無害ってことなんです。

 

コロナより凶暴なウイルスなんて普通にある

 

この本を読んで衝撃だったのが、

ウイルスの「逆転写」っていう作用です。

エイズなどのウイルスにこの作用があるらしいんですけど、マジで恐ろしい。

 

何かって言うと、

普通のウイルスだったら、細胞の複製機能をつかって、ウイルスを増やしますよね。

 

それを、逆に、ウイルスが細胞にウイルスの遺伝情報を加えて、偽の遺伝情報が加わった細胞を増やさせるっていうことです。

 

そんなことできるの!?ってなりました。

カッコウの子育てみたいでこわくないですか?w

 

ウイルスが人間に寄生してきたくせに、寄生した先にウイルス自身の遺伝情報を書き加えるんですから、コロナなんかより断然タチが悪いです。

 

しかも、書き換えたら、その書き換わったままの情報しか伝わっていかないわけですから、どんどんおかしくなっていきます。

 

例えるなら伝言ゲームでの戦犯ですね。

みんなちゃんと伝言してるのに、たった一人が急に脈絡のないことを伝言し始める。

みたいな。

 

で、実際に、人間の遺伝情報の8%はそうやってウイルスによってねじ曲げられた遺伝情報になってるらしいです。

 

でも、それはネガティブな側面だけではなく、

女性の胎盤が正常に機能するのは、そういうウイルスによって書き換えられた遺伝情報のおかげなんだそうです。

 

いやー。

不思議ですよね。

 

ウイルスってまさか、人間の進化のためにいるの?

 

って思ってしまいます。

 

 

ちょっと不謹慎ではありますが、

このコロナも人間の進化を促す活性剤的な役割を担っているのかもしれません。

 

コロナによって、かなり生活も変わりました。

その良い部分も悪い部分も、人間に変化を促す物であるのは確かです。

 

ウイルス自体が人間の変化を引き起こしてきたのは今に始まったことではないわけで、

ずっと人間とともに進化してきたのがウイルスです。

 

ウイルスに対する考え方の違い

胎児の世界

胎児の世界 人類の生命記憶 (中公新書)

っていう良い本のなかに良いことが書いてあったので共有しておきますね。

それでは、東洋医学とは一体何か。

それは一言で言えば、細菌と共存する世界のようだ。

そこでは、だから、つねにそれが可能な体質が問題となる。

しかしこの場合にも、例えば「抵抗力」といった言葉はでてこない。それは「予防」とか「殲滅」などともいうように、あくまでも細菌を”敵性国家”と見なす人間の精神から出たもので、こうした意志的発想は、本来の東洋医学の世界では育たない。

この平和を愛する国柄は、いってみれば、純白のシーツによって撤去されようとしている、あの農村の土間の奥に敷いた”万年床”の世界に、ものの見事に象徴される。「衛生」とは似て非なる、それは真の「養生」の世界というものか…。

51ページより引用

理解できない人もいると思うので、すこし説明すると、

 

胎児の世界の筆者は、本のなかで、研修医のときの出産の立ち会いのエピソードを取上げています。

出産って、どんな感じかって言えば、

 

けっこうラフな感じの服装の産婆さんがいて、妊婦さんの腹のそこからの声などが響き渡り、生命の息吹のあふれる感じですよね。(東洋医学的)

 

手術みたいに白衣を着て、徹底的に消毒をして、マスクもして、みたいな感じではないですよね。(西洋医学的)

 

これを引き合いにだして、西洋医学を批判的にみているわけです。

 

西洋医学は、細菌は撲滅するものだと考えますし、汚れを徹底的に嫌います。

一神教的で、善悪二元論的で、キリスト教なわけですね。

人間が絶対的な善であり、人間を脅かす物は悪っていう考え方が根底にあります。

 

でも東洋医学は細菌とは共生するものと考えます。

多神教的で、多元的で、神道なわけですね。

古事記が象徴的なんですけど、穢れ(ケガレ)も神なんです。

イザナギが黄泉にいってイザナミに会いに行った時に「ヤソマガツヒノカミ」っていうケガレの神様が出てきます。

イザナギはケガレを背負ってしまいますが、それを水で浄化するときに、生まれるのが三貴子と呼ばれる

アマテラス、スサノオツクヨミなわけで、

もしイザナギがケガレを背負うことがなければ、アマテラスは生まれ得なかったとも考えられます。

 

この神話に象徴されるのは、日本的な考え方、

私も神、あなたも神。

罪やケガレすらも神である。

っていう考え方。

 

人間も神、ウイルスも神。

そう捉えることもできるのではないでしょうか。

ウイルスがあるからこそ人間も進化してきた。

人間もウイルスの進化に必要になっている。

 

そういう善悪二元論を超えた日本的で東洋的な考え方が良いんじゃないのかと思うわけです。

 

最後に

かなり話が飛躍しましたが、

結構おもしろいでしょ?

西洋と東洋っていうテーマは永遠に書ける気がしますw

まだ読んでる途中ですが、こんなことばかり考えていると、進まないわけですw

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

では。