ZAKIOLOGY

知見のヨセアツメ

僕が今抱えるネガティブな感情について書いてみる

最近、僕のなかで曜日感覚というものが大変深刻な問題となっている。

というのも、月曜日が来ないでほしいと心底思うのだ。

日曜日のよくある風刺として、

サザエさんを見ながら翌日にたいして憂鬱になるということがあるが、それに近い感じが毎週毎週つきまとっている。

オンライン授業にはもう飽きたし、そろそろただ単にめんどくさいだけの月から金になりつつあるというか、すでにそうなのかもしれない。

オンライン授業はなんというか、なし崩し的につまらなくても時間を潰すということがしにくい。

対面の授業ならば、友達と一緒に授業を受けていれば、なし崩し的に終わっていったし、たまにサボったところでほぼ無傷。テストの週はたしかに大変ではあったが、それを終えれば休みに突入するし、少しなら頑張れる。

しかし、オンライン授業ではどうかといえば、サボれば、ただ単に課題が貯まるだけで、ただめんどくさいだけになる。

課題が溜まってくると、それだけでもう気分は落ち込むし、負のスパイラルに突入する。

授業も、なし崩し的に受けるというか、そもそも授業を受けている感じがしない。

たぶん、対面に戻ったところでめんどくさいっていうのだろうけど、僕は、対面のほうがあっていたように思う。

引きこもって、ひたすら課題を消化するロボットのような生活よりも、休み時間に友達と一緒に飯を食べたり、たまにサボったりという人間らしさに満ちた生活のほうが生きている感じがしてすごくいい。

そもそも、僕は合理主義はそこまで好きではない。テクノロジーも発達しなくていいと思う。

幸せになるためのツールであるべきものがそうでなくなっていく。

オーバーテクノロジーという単語を覚えたての僕ではあるが、今の社会はオーバーテクノロジーであると思う。

明らかに、テクノロジーに使われる人間が多い。

人間の主体性、人間の人間らしさ、人間の暖かさぬくもりがどんどん削ぎ落とされ、脳だけが肥大化した宇宙人みたいな人間が増えているように思う。

ドーパミンに刺激され続けた脳はもとには戻らない。

脳内麻薬という本があったようななかったような気がするが、いいえて妙である。

一番強烈で、一番凶悪な、一番見えにくい麻薬が脳内麻薬であり、しかもそれを制限する法律もない。合法麻薬である。

こうやって書いていると、どんどんとりとめがなくなり、まとまりがなくなるのが悩みの一つなのだが、

とりあえず、今の社会にはびこるものが僕は大嫌いだ。

僕はマイノリティだと自覚する。

しかし、マイノリティだろうがなんだろうが感情を無視することは僕にとって死を意味する。

感情は無視すべきではないはずだ。そう信じる。

オンライン授業に味をしめた連中は、もう戻ろうとはしないだろう。

それが本当に僕にとっては害悪であり、甚だ嫌悪せざるを得ない。