ZAKIOLOGY

読書大好き大学生の雑記ブログ

めちゃくちゃ面白かった!超オススメ! 小説「木洩れ日に泳ぐ魚」 恩田陸

こんにちは。

今回は、久しぶりに、書評をして行こうと思います。

今回紹介するのは、「木洩れ日に泳ぐ魚」です。

木洩れ日に泳ぐ魚 (文春文庫)

率直な感想

めちゃくちゃ面白かった。

本当に引き込まれた。

恩田陸さんの小説は、今まで3冊ほど読んできたのだけれど、どの作品も最高に面白い。

本当にハズレがない。

僕が今まで読んだ恩田陸作品は、最初に「夜のピクニック」次に、「ネバーランド」そして、「六番目の小夜子」、今回の「木洩れ日に泳ぐ魚」です。

マジで、夜のピクニックは、深いし、ネバーランドの男子たちはみんな「良い男」だし、六番目の小夜子のミステリー性は、すさまじくひきこまれ、今回の木洩れ日に泳ぐ魚は、さらにミステリー性がすごい。

恩田陸さんの作品全体に言えることとして、それぞれに秘密を抱えている登場人物が出てきて、その秘密がなんなのかわからない。それが一種のミステリーになっていて、それをひもといていく過程で、人間の性格的な部分とか、男女関係について深掘りしていく。

その深掘りが、すさまじく的を射ていて、とても納得する。

それがとても心地よく、感動を引き起こすのだと思う。

今回も例に漏れることなく、感動するし、人間的な深掘りに圧倒された。

マジですごい。

本当に、読むべき。

 

内容について(ネタバレ抜き)

内容については、ネタバレなしで書いていこうと思います。

文庫本のカバーの一番後ろに書いてある、あらすじ的な、キャッチ的な文章を引用しておきます

舞台は、アパートの一室。別々の道を歩むことが決まった男女が最後の夜を徹し語り合う。初夏の風、木々の匂い、大きな柱時計、そしてあの男の後ろ姿ーー共有した過去の風景に少しずつ違和感が混じり始める。濃密な心理戦の果て、朝の光とともに訪れる真実とは。不思議な胸騒ぎと開放感が満ちる傑作長編!

いつも思うが、全部読み終わった後に、この紹介文を読むと、いかに要約されているかがよくわかる。

とてもいい要約だと思う。天才。

本当に必要最低限の文字数で、かつ興味をもたせ、読んだ後にも「あーうまいなあ」と思わせる。

これを書いた人の名前が載っていないことに僕は憤りを感じるわけだが、こんな要約力のある人の小説も読んでみたいと思ってしまう。

話がそれた。

戻す。

 

 この中に登場する、ヒロという男が、すごく正直。

本当に、嫌らしいところ、自分の汚いところ、人間的な部分をとても正確に、正直に、詳細に書いている。

というか、こんなに言語化されると、非常に心苦しいとともに、恐怖を感じる。

いつも見てみないふりをして生きれているのに、そんなに言語化しないでくれ。

ここまで正直に言語化されてしまうと、自分を見透かされているように感じてくる。

いやー。恩田陸さん怖い。

言語化モンスターだなと思う。

(そもそも小説家の時点で、言語化モンスターなのだが)

 

 

ここからは、ネタバレ含みます

ここからは、衝撃を受けた文章を紹介しつつ、考察を深めていきたい。

{P.184より}しかし、僕という人間は、つくづく卑怯なやつなのだ。

彼女の顔を見ながら、自己嫌悪に陥らずにはいられない。酷薄なら酷薄になりきれればそれなりに筋が通るものを、どこかに弱さがある。自分一人の胸にしまっておけなくて、ギリギリまではなんとか持ちこたえられるものの、最後のつめが甘い。あと少しのところで他人に決断を丸投げしてしまい、結局は人のせいにする。僕はそういう奴だ。

この日を迎えたのも、つまりは僕のせいなのだ。僕は密かに自分が悪者にならずにこの生活を打ち切るきっかけを探していた。そして彼女がそのきっかけを提供してくれた。僕は「渡りに船」とばかりに、彼女のせいにできた。彼女の口から決定的な言葉を吐き出させ、それから逃げる形でこれまでの歳月を終わらせたのだ。

だが、更に嫌らしいことに、僕は今感じている自己嫌悪が単なるアリバイ作りに過ぎないこともちゃんとわかっているのだった。僕の計算高い部分が、ここで自己嫌悪を感じておくべきだと判断しているので、僕は自己嫌悪を感じているふりをしているだけなのだ。そうすることで、世間や他人に対する免罪符を手に入れたと安堵しているに過ぎない。

自己嫌悪は、わざと自分で作り出している場合がある。

「やっておくべきなのにやらなかった」と自己嫌悪をしているときに、ふと、自分に問いかけることがある。

「わざと、自己嫌悪してるだろ?」と

というか、自己嫌悪するだろうことを予測して、やるべきことをやらないことすらある。

つまりは、自己嫌悪したくて、しているのだ。

「アリバイ作り」とは、まさにそう。

自分に対する言い訳をつくり、自分に免罪符を与えようとしているに過ぎない。

そういう弱さ、根本的な性格の悪さを言語化されている。

自己嫌悪している人は、なぜ自己嫌悪するのか。

つまるところは、自己嫌悪している状態が気持ちいいからに過ぎない。

自己嫌悪するか、しないかは自分で選べる。

小さいときには、自己嫌悪などしなかった。

他人と比べることはあっても、自己肯定感を下げて、わざと自己嫌悪することはなかった。

悪い意味で、大人になったと言えるかもしれない。

大人になると、みな心を守るための技術をみにつける。

その一つが自己嫌悪なのだと思う。

 

最後に 

 

超オススメだから、暇なら読んでほしい。

また、「面白い本ないかな」と探している人にもオススメできる。

迷わず買うべき本と言えるくらい、面白い。

アマゾンのリンクは載せません。

理由はこの記事を読んでください。

 

zakiology.com

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

では。