ZAKIOLOGY

読書大好き大学生の雑記ブログ

【書籍紹介】お金の減らし方 お金への幻想を捨て、承認欲求から離れる

 こんにちは。おざきです。

今回は、森博嗣 著 「お金の減らし方」について紹介していこうと思います。

お金の減らし方 (SB新書)

著者について、Wikipediaから引用しておくので、参考程度に。

森 博嗣(もり ひろし、1957年12月7日 - )は、日本小説家同人作家、工学博士。元名古屋大学助教授ローマ字表記はMORI Hiroshi。妻はイラストレーターのささきすばる。近年は、清涼院流水が立ち上げたプロジェクト「The BBB」(Breakthrough Bandwagon Books)に参加し、英語版の著作を発表している。

この著者さんは、もともと大学の教授として研究していたところから、小説を書き、その小説がヒットして、一躍お金持ちになったという経歴を持っています。

代表作は、「すべてがFになる」です。

僕はまだすべてがFになるは見たことがないので、今度見てみようかと思っていますが、この本は非常に興味深かったです。

この本は、完全に著者の考え方、思考の癖が映っているので、自分にない価値観だったり、考え方が描かれてもいるので面白かったです。

この本から、少し引用しつつ、僕なりの考え方を書いていきたいなと思います。

そもそも、なんでお金が欲しいの?

そもそも、人は、なぜお金が欲しいのでしょうか?

日常を生きていると、あんまり考えないかもしれませんが、ここをはき違えると、なぜ仕事をしているのか、バイトをしているのか、が明確にならないので、一度考えてみるといいと思います。

 

お金を稼ぐ目的とは、自分の買いたいものを買うためです。

(そんなの当たり前かもしれませんが、ちゃんと自覚できていない人もいると思う)

なぜ、お金が必要なのか。

お金を仲介させて、自分ができないことを買うため。もしくは自分が欲しいものを買うためです。

案外、ここが明確になっていない人は多いのではないでしょうか。

買いたいものありきで、人はお金を得ようとするはずです。

つまり、お金は手段であり、目的ではない。(よく言われることではありますが)

このことは、多くの人が、頭ではわかっているはずです。

しかし、お金は手段に過ぎないということは、よく忘れてしまう。

なぜでしょうか?

一つは、世間体という世間からの価値観の中で生きているから。

「世間的に見たら」という意味の分からない判断基準を無意識のうちに持ってしまっているがゆえに、

あたかも、お金がたくさんあるほうが、

さらには、いい車に乗っているほうが、

そして、いい会社に勤めているほうが、

「良いこと」であるかのように思えてくるだけなのです。これは一種の洗脳です。

本来は、そこまで車も欲しいわけではないし、普通に生活できて、ある程度趣味にお金を使えれば、人はかなり幸福に暮らしていけるはずです。

それがいつのまにか、集合的無意識からのハッキングをうけて、自分が思っていることよりも、世間からどう見られるかという視点で物事を判断してしまうのです。

このことを、「承認欲求にしばられている」とも言います。

世間体は、承認欲求の大きな例の一つです。

世間から嫌われるのが恐ろしい、世間から評価されたいという気持ちがあるから、お金が欲しくなる。つまり、自己顕示欲ですね。

 

今の社会で考えれば、別に、レンタルしなくても月500円あれば、アマゾンで見たい映画も見れますし、アニメも見放題。いろいろなサービスがでてきていて、いろいろと非常に安価に楽しめるものが多くなっています。

自分がわくわくする、欲しい!と心の底から思えるものを買えるなら、それで十分なのではないかと僕は、思っています。

僕の例でいえば、本が月10冊くらい買えて、欲しい漫画が中古で買えれば、基本的に満足してしまう人間なので、あんまりたくさんバイトをしようとか、お金がたくさん欲しいとは心の底では思っていません。

だから、就職とかもあんまり興味ないし、ブログで稼ぐというのも興味が薄れてしまったのかもしれません。

本音を言えば、今の現状でかなり幸せなんですよね。親からは月5万程度仕送りをもらっていて、経済的に全く自立しているとは言えませんが、もう少ししたら、おそらく経済的にも自立できるでしょう。

こんなことを言うと、全然意欲のない、無気力な若者だと思われるかもしれませんが、本当に別に、今の現状の何が悪いとも思えないのも事実としてあるのです。

たしかに、もう少しお風呂は広いほうが、気持ちはいいだろうし、一人暮らしなので、もう少し外食もしたいかな、と思ったりもしますが、本当にそうしたいのであれば、月にもう1万か2万円稼げばすぐかなってしまうわけで、そうなると、週1で3時間くらいのバイトを増やしてしまえば、それで終わりです。やるかやらないかだけ。

僕は、自分でいうのもなんですが、普通に学歴もありますし、どこか就職したいと思えば就職できるし、就職できなくても、バイトで賄うこともできるし、別に困ることがあんまりないので、あんまりお金に対して必要性を感じないというのが本音ではあります。(もちろんあるに越したことはないでしょうが、あっても使う気がないならゴミのようなものです)

ただ本当に就職するとなると、自分にも、多少なりとも、承認欲求や世間体はあると思うので、そこの「せめぎあい」はあると思います。

まあ、就職するもしないも人の自由ですから、自分で決めていけばいいだけの話です。

高価なものが本当に欲しいなら、給料の高いところでバリバリ働けばいいだけの話。そうでないなら、身の丈に合ったことをして生きていけば問題ありません。

 

 

やりたい事とできる事

仕事の話が、でましたが、仕事を考えるうえで、大切なのがやりたい事とできる事という二つの軸です。

昨今のハヤリは、やりたい事で生きていく、好きなことで生きていく。ですが、その物差しと、もう一つ、できる事で生きていく、できる事を仕事にするという物差しも必要です。

この本の著者さんは、自分がやりたい事というより、できる事をやった結果自然とお金が入ってくるようになったそう。

この話は、非常に大切で、「別に好きではないけど、結構これはできるんだよな」みたいなことが案外仕事では有利だということです。

先ほども書きましたが、人は自分ができないことを買うためにお金を稼ぐので、自分が人よりもできることをやれば、その対価としてお金がもらえます。

専門職がなぜ、給料がいいのかといえば、そこに集約されます。

専門職ということは、その道のプロということで、プロにしかできないからこそ価値が高いわけ。

理系が就職に強いのも同じ理由です。

やりたいこともたしかにモチベの観点からいえば、大事ではある。

しかし、別にやりたいことでなくても、人の役に立って、かつ自分ができるならば、生かしていけばいいのだと思います。

世間で役に立つスキルを身に着けるのは大切ですし、できないことはできるようにしたほうがいいのはその通りですが、もともとできるのだけど、自覚してない事は、結構あるので、見直してみるといいのではないでしょうか。

僕の例でいえば、別に現代文とか得意ではなかったし、やりたいわけでもなかったけど、今となっては背景知識も含めて広く、教えれますし、僕はもともと数学が好きだったのですが、数学はできませんでした。というか今も大学の数学には、苦戦しています。

僕は、好きなことよりも、できる事に集中したほうがいいのかもしれないな、と思うようになりました。

できる事は案外自分では気づけないこともあって、いつも教えてもらっているのは、「人に任せられた仕事にこそ、自分の才能が眠っている」ということです。

人から任せられるということは、自分の才能が買われているわけで、別にやりたくないとしても、案外そこには自分の隠された才能、自覚できていない才能があったりする。

 

この言葉には本当にそうだなと思います。

自分に何ができるかわからないなら、人から頼まれたことを全力でやってみればいい。

自分がやりたい事をやるのはもちろんいいことだとは思うし、やりたいならやればいい。

だけど、案外自分の才能は、人から任せてもらったことに眠っているかもしれないということはちゃんと知っておくと良いと思います。

 

最後に

と、ここまで、書いてきましたが、とても長くなった。

申し訳ない。自分の体験とか、自分の言語化できていない思考を本によって言語化されると、本当に書くのが気持ちよくて、バーっと書いてしまうのです。

この本は、本質をとらえた、いい本なので、読んでいただければと思います。

 

お金の減らし方 (SB新書)

お金の減らし方 (SB新書)

 

 僕の結論としては、お金なんて必要になったら稼げばいい。欲しくなったらいくらでも働いて稼げば問題ない。見栄とか世間体とかとっぱらって、本当に自分が必要なものと欲しいものを買えるだけのお金があればOKということです。

本当に、世間体はうっとうしいので、さっさと離れましょう!

 

読みにくかったらすみませんが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

では。