ZAKIOLOGY

読書大好き大学生の雑記ブログ

他人との比較の功罪

他人との比較はノンフローの原因になる。

ノンフローの状態は、著しく自分の能力を下げてしまう。自己肯定感を高めるのがなぜ重要なのかと言えば、ノンフローにならないようにするためといえる。

考えればわかることだが、自己卑下している人より、自己肯定している人の方が活発に行動している。

それで、他人との比較がなぜ、ノンフローの原因になるのかと言えば、他人との比較という競争のなかではどこに行っても自分より結果を出している人がいるからだ。つまり、他人との比較によって自分の自己肯定感が下がってしまうと言うことだ。

人間には向き不向きということや、人生における役割も全く異なる。天は人の上に人を作らずという言葉は一面では正しいが、一面においては間違っている。

というのも、人間にはいろいろなタイプがいる。結果を出しやすい人、結果を出しにくい人。内向的な人、外向的な人。など。このそれぞれのタイプにはそれぞれの役割がある。外向的な人の方が現代社会では活躍しやすい。しかし、内向的な人が必要ないかと言われればそうではない。内向的な人は、人の気持ちに共感したり、人間関係を円滑にしたりするのがうまかったりする。内向的な人は感受性が高い。ある意味鈍感な方が現代社会は生きやすい。例えば、電車で満員でひたすらいらいらしている人がいるとする。そのときに内向的な人はその人を過度に気にしてしまって、自分の気分が落ち込んだり、疲れてしまったりする。しかし、外向的な人はそういうのは気にしなかったり、水に流して切り替えることができたりする。

外向的な人の方がその点では活躍しやすいといえるだろう。

そういった点では人は平等ではないし、天は人の上にーというのは間違っている。しかし、考え方によっては、これは正しい。

人には天命とも呼ぶべき、果たすべき役割があると思う。それは自分の性格、向き不向きで全く異なるのかもしれない。言いたいのは、天命を果たせれば、人は皆平等なのではないだろうか。人には自分の一番しっくりくる立場、役割があるはずだ。自分がどういった人と付き合いたいのか、また付き合いたくないのかを考えれば、自ずとわかるのかもしれない。

要は、人にはそれぞれ、自分だけの役割が存在していると言うこと。だから人と比較して落ち込む必要はないと思うのだ。ただ自分のスペック、向き不向きを理解して、受け入れ、自分が一番しっくりくる人間関係、立場、etc.を求めるのがいいと思っている。

ただ、例外もある。人と比較した方が良いとき。それは、自分が人生をかけて到達したい理想的な人物だ。メンターと言っても良いだろう。そういう憧れの人がいるのならば、その人の比較して、自分の成長につなげるのはものすごく良いことだと思っている。

後は、ライバルだ。自分がこの人とは逆に競って高め合っていきたい。と思うならば、その人とは積極的に比較して、競争してみるのもいいのかもしれない。

とにかく言いたいのは、むやみに人と比較するのは良いことではないということだ。

では。