ZAKIOLOGY

読書大好き大学生の雑記ブログ

自発ということ

自発的に勉強することは重要だ。今の学校教育ではそれがあまり見られない。自発的に学んだことは頭にも残るし、辛くない。僕で言うなら読書がそれだ。読書に関して言えば、割と読んでいる方だといえる。2019年は100冊くらい買ったし、60冊くらい読んだ。今では若者の読書離れが進んでいるし、この数字は意外と多いのだと思っている。それで、勉強というのは、自発的にやるべきだと言うこと。親は子供に勉強させたがるし、学校の先生もそうだ。でも待ってほしい。勉強をやれと言われてやるなら既にやっているのではないだろうか。自分が子供ならどうだろうか。強制される勉強ほどつまらないものはない。言うなれば、食べたくないものを無理やり詰め込まれているのと同じことだ。勉強したいなら勉強すればいいし、遊びたいなら遊べばいいというフラットな感じで子供に接するのがいいのだと思う。その上で子供に勉強してほしいなら、親自身が勉強を楽しそうにやればいい。それがどんな分野であれ、子供からすれば、親が勉強を楽しんでいるなら自分もやってみようと思うのではないだろうか。なにも親が努力もしていないのに子供にやる気が出ている方が怖い。勉強しなさいと言うほど勉強しないのは、なぜだろうか。勉強しなさいと言われた時のやる気の低下は目を見張るものがある。勉強はやはり自発的にするのがいい。自分で決めているという覚悟、自立感が大事なのだろうか。自分自身で道を選択している感覚がやる気の根源なのかもしれない。自分で決めたことはなんだかんだ言って続けられる。僕における剣道がそうだし、読書もそうだ。剣道も最初は親に言われたからやっていたに過ぎなかった。でも、中学の時に自分で部活を選んだ。自分で剣道部を選んだのだ。当時の僕は、野球と剣道を両方やっていて、どっちにしようか悩んでいた。本当にめちゃくちゃ悩んだ。でも最終的には剣道を自分の意思で選んだ。もし、野球を選んでいてもよかったかもしれない。だが、剣道を選んで本当に良かったと思っている。あの時剣道を選んでいなければ、今の自分は存在しない。剣道部でいい出会いに恵まれ、人生における大事なことを先生から教わった。根源的な自分の原点はやはり中学の部活にある。あの時に明らかに運命が変わったと思っている。冗談抜きであの時の出会いがなければ、大学受験で頑張ろうとも思わなかったかもしれないし、反骨心もなかった。あの時に鍛えられたからこその今なのだと本当に実感する。話がだいぶ飛躍してきてまとまりがないが。

要は、自分で選択することで未来が開けるのではないかということが言いたい。

自分で腹を決めた時から、いい出会いに恵まれたり、それこそ運命が180度かわるような出来事が起きてくるのだと思っている。

自発的に何かをやると言うのはそれだけ意義深いことなのだと思う。