ZAKIOLOGY

読書大好き大学生の雑記ブログ

孤独の時間の捻出

孤独の天才は多い。天才は得てして友達も少ない。友人は持つべきと言われるが、才能の高い人間ほど友達を作らない傾向にある。なぜならば、孤独の時間を愛しているからだ。孤独こそ至高の時間といえる。何にもつながらず、ただ創作活動にいそしむ。孤独の時間ほど尊い者はない。孤独をさげすむ人種がいるが、孤独は愛すべき。浅い人間ほど孤独を耐えられない。耐えるという概念自体がおかしいが、浅い人は孤独を苦しいと考えがちだからそう表現した。人生に目覚めている人ほど孤独になる。思考の邪魔なのだ。思考は静かに行うものだ。完全なる自己対話。そこに醍醐味がある。何かを突き詰めるとそこには孤独が待っている。自分と同じ次元にきてくれる人の少なさを実感する。自分はこんなに知っているのに、それを伝えることができない。だからこそ、本音を語り合える友人はかなり貴重だ。同じ次元にきてくれる人の偉大さに気づく。例えば、僕の友人だ。彼は本当に才能のある人間だ。彼にも軸があり、軸が確固たる者であるからこそ、語り合える。わかり合うのではない。議論するのだ。そして平行線のまま議論が終わる。それが楽しい。冷静に語り合える人間はまれだ。お互いに軸が独立して存在しているが故に、完全にわかり合うことはない。しかし、お互いに尊重している。お互いにわかり合えないことを承知の上で議論をする、徹底的に。その中で、相手の欠点や足りない部分を知る、そして優れている点にも気づかされる。深く議論を交わせば交わすほど、深い関係を構築できる。自分の強みと相手の強みを同時に知ることになるからだ。彼は思考力に優れており、頭の切れるやつだ。僕にはそんな能力はない。しかし、ぼくにも強みがある。その強みは素直さである。素直に話を聞く。相手の話を展開させる。相手が言葉に詰まったりしたときに逆に補う。それで調子づいていろいろ話してくれる。要は相手を引き出す。そこには自分はたけている。孤独は一見辛いもののように見えるがそうではない。孤独を愛しているからこそ人とのいい関係に気づくことができる。自分の本音を語れる深い人間を友人にもてていることに非常に感謝している。この出会いを大切にしたい。

孤独な時間は自ら捻出するべきである。特に内向的な人にとっては、自分のエネルギーを高めるためにも必要だ。要は孤独が充電なのだ。人間には陰と陽の両面がある。外交的な面と内向的な面とも言い換えられる。もとが内向的な人は今の社会では外交的にならなければ生きていけない。そのため、内向的な人にとっては生きにくいといえるが、内向的な人は休日は積極的に人との関わりをそぎ落とし、自分の内面と向き合う時間を作った方がいい。人との関わりあいは得てしてエネルギーを使う。携帯と同じだが、充電が必要だ。人間の充電は、食事、睡眠が基本だが、内向的になるのも充電になると考えている。孤独の時間を捻出することで、日常で使っていたエネルギーの浪費にも気づくことができよう。