ZAKIOLOGY

学ぶ楽しさを探求する

自然な稼ぎ方

世の中の真理として、

自然の摂理がある。

人間は傲慢だから、

西洋の近代主義的な価値観に毒され、

人間は自然の一部である、という当然すぎることを忘れてしまう。

 

けれど、世の中を見てみると、

ものすごくたくさんのことが自然の摂理に回帰していく。

 

その一つが稼ぎ方。

ブログを書いていると、

ブログで億を稼ぎたいみたいな気持ちになることもあった。

でも、考えてみれば、それは自然じゃない。

それは宝くじを当てるのと同じようなことだ。

その背景に何もない状態でお金を得たとしても、

それに飲み込まれるのがオチだ。

 

それは器が小さい状態のところに大量の水が注がれるのと同じだ。

自分の器が小さいのに、たくさん稼いだところで分不相応。

多くのお金は浪費されることだろう。

器を大きくしたものだけが、長期的に稼げるはず。

 

 

たとえ、

急激に稼いだとしても、それは霧散してしまう。

そもそもお金を使うことになれていないものが、

大金を手にしたところでろくな使い方ができない。

 

自然じゃないものは、すぐに廃れる。

それは、原子レベルでも同じ事で、

原子がβ+崩壊して陽電子が発生してもすぐに再結合してエネルギーを放出してしまうのと同じだ。

陽電子は不自然だから。

自然には存在しないものなのに、

なんらかの作用によって生じてしまった。

そしたら、自然の作用によって揺り戻されるのが自然の摂理なのだ。

 

逆に、自然というのは、豊かな土壌から芽が出て、ゆっくり成長し、

そこから新しい種が生まれ、また成長していく。

その加速度は徐々に上がっていって、

2の累乗のような形で広がっていくものだ。

そして、周りにいる生き物とも共生し、

助け合いながら生成発展していく。

 

だから、稼ぎ方一つをとっても、

そのようであらねばならないと僕は思う。

書評 ひとりの「さみしさ」とうまくやる本 大愚和尚

僕は大学時代を通して、

孤独な時間が多かった。

そのため、孤独に対していろいろと考えることもあったし、

それに対処する方法も自分の中である程度出来上がっていた。

けれど、やっぱり宗教とか古典的思想にはかなわない。

そういう叡智には本当に頭があがらないし、

今後も学んでいきたい。

で、今回、紹介するのがこの本

 

大愚和尚は、ユーチュブもやっている。

僕は以前、悩んだときに少し見ていたから、

大愚和尚の本は以前から読んでみたかった。

 

ちょうど本屋で孤独に関する本を探していたら、

これを見つけたので、買ってみた。

 

結論から言うと、

すごく良い本!

なんでかっていうと、

さすがはお坊さん、仏教への理解の深さや、仏教からの学びがすさまじい。

仏教の叡智をとてもわかりやすく平易な文章で書かれている。

 

ブッダの言葉というのは、だいたい熟語に集約されている。

四苦八苦とか

四諦とか

そういう知恵は、ものすごく汎用性が高い。

 

本当に人間のあらゆる悩みの本質をついているのである。

 

やっぱり時代を超える知恵には普遍性があるなと思ったし、

それを血肉にして日々修行をなされている和尚の言葉は深く響く。

 

話がそれるけれど、

本の著者の霊格は本の空気に現れる。

 

なるべく霊格の高い著者にふれることが大事なわけだけれど、

わかりやすく言えば、古典を読めば良い。

時代の洗礼というのはものすごく強烈なものだから。

 

それを超えうるパワーがあり、

エネルギーがあるからこそ、

古典として脈々と受け継がれるのである。

 

でも、いきなり古典から読むのはしんどい。

だから、今生きている著者で、

古典を血肉にして自ら体現しているような人物の本を読むのがおすすめだ。

 

大愚和尚はその一人だと思うし、

この本を読めば、仏教に対しての敷居が下がるのではないかと思う。

 

この本の中で、僕が最も共感した部分を引用する。

それが、

「人間、きちんと眠ってさえいればどうにかなる」

である

 

孤独だと、どうしても睡眠がルーズになる。

睡眠がルーズになって不規則になると、ドツボにはまる。

 

そういいつつ、これを書いているのは深夜だから、

良くはないのだけれど、

これを書いてから寝る笑

 

それで、孤独とうまくやる方法は、最終的にはちゃんと寝ることだ。

ちゃんと寝るにはどうするか?

それは人によるところもあるだろうが、

まずは肉体的疲労をある程度体に蓄積させることだ。

要は適度に昼間に運動したりして、体を疲れさせれば良い。

 

あとは、ダラダラスマホを見ないようにすれば、自ずと寝ることができるだろう。

 

孤独だと、騒音とかに敏感になりやすい。

だから寝る前は耳栓をしたり、

部屋をなるべく暗くしたり、

間接照明をつけるなどして、

リラックスできる環境を整えるのも大事だ。

 

そうやって、自分なりに、寝ることができる環境を整えることで、

ある程度は睡眠がとれるようになる。

 

自分がコントロールできることで最大限の努力をするべきで、

自分がコントロールできないことで悩むべきではない。

 

例えば、さっきあげたような物理的な環境を整えるのは、

自分の努力次第で、少しお金をかけるだけで済む。

 

でも、太陽はどうしたって朝になったら登ってくるし、

隣人が夜中に洗濯機をかけることも僕にはどうしようもない笑

 

やめてほしいことを伝えることはできるけれど、

本当にやめてくれるかどうかはその人次第で、

自分にどうこうできる話ではない。

 

そういう自分にできることとできないことをはっきりわけて、

できることをやり、

それで眠れないなら諦める。

そういう姿勢を持つと楽になる。

 

僕も数年前は、隣人の騒音によってものすごく苛まれた。

さっさと耳栓を買い、耳栓に慣れておけば、

大して気にもならなかっただろうし、

早く気づけばよかったなと後悔している。

 

孤独だからこそ、感覚が鋭敏になるという側面は否めない。

だからこそ、孤独な人は物理的な手法を講じるべきだ。

 

僕の経験上、

自分の感覚とかが人よりも鋭敏であるがゆえに、

悩まされてきたわけだが、

そういうアプリオリで今から変えようのないものは、

物理的に対処すれば解決が早い。

 

若いうちはお金がないから、

渋ってしまうのだけれど、

自分のストレスに対して、

それを軽減するアイテムを買うことには絶対にお金をかけるべきだ。

 

これは僕が痛い目をみて学んだことの一つであり、

今悩んでいる人にもぜひ知ってほしい。

 

そして、物理的アイテムでもどうしようもなく、

そして、どうしても死にたくなったら、

全部をほっぽって逃げてしまえば良い。

死にたいなら逃げれば良いのだ。

 

それについては別の記事で書いた。

 

zakiology.com

 

二年前の記事だが、

これは今も変わらず大事なことなので読んでほしいと思う。

 

睡眠の話だけではなく、

仏教的な知恵から孤独を紐解いているので、

ものすごく面白い!

気になった方は読んでみてほしい。

では!

 

 

なんか知らないけど院試は受かってたっていう衝撃

あの、一つ、読者の皆様に謝罪しなければならないことがあります。

 

zakiology.com

zakiology.com

これらの記事におきまして、

めちゃくちゃ落ちた落ちたと騒ぎ倒していたのですが、

結果から申し上げて、受かっておりました。

本当に、申し訳ありませんでした。

心配させてしまった方々には、本当に謝っても謝りきれない思いでございます。

 

それで、ここからは、その衝撃を受けたときのことについて書いていこうと思いますが、

浮かれてるお前の話なんて読みたくねー、

という方は、ここで読むのをやめていただいたほうが良いかと思います。

 

で、正直に申し上げて、受かる要素がどこにあったのか、

全くわかっていないのです笑

完全に落ちたと思って過ごしておりまして、

なんなら、もう就活の準備を少し始めておりました笑

にも関わらず、蓋を開けたら、僕の受験番号が明確にそこに存在しており、

何回ほっぺたをつねったところで夢から覚めることはなく、

夢ではないことを確かめるために、

ドキュメンタリーを自撮りしつつ、

それを方方にラインで送ったのですが、

それは今でもちゃんとオンライン空間上に存在しているのです。

ということで、これはもはや事実なのでしょう。

まだ合格通知が届いていないので、

もしかすると、ここからどんでん返しが起きて、

受かっていないのかもしれない。

そんな不安がどうしても拭いきれません。

何しろ、本当になぜ受かったのか理解不能なのでございます。

受かっていることを確認したときの、

ええええええええええ、

という文字を体現したような、

えも言えぬ顔を見せてあげたかったのですが、

それくらい、えええええええええええ、な体験です。

 

え、受験番号、あるやん。

え、俺受かったんや。

え、まじで?

え、なんで?

え、あれで受かるってどういうこと?

え、本当にこれは現実なのか?

え、現実と夢の境目ってなんだ?

え、いやそれは今はどうでもいい。

え、本当に受かってるの?

え、でも数字は何回見てもかわらないよ。

え、じゃあ受かったんか。

え、

え、

え、

え、

うそやん。どんだけの取り越し苦労やねん。

 

絵に書いた取り越し苦労すぎて、言葉が出ませんでした笑

ということで、無事受かってましたよ。

という報告でした!

これからは、もっと頑張っていくので、

今後ともZAKIOLOGYをお楽しみください!

本当に、心配をおかけしました!

心配してくれた方、ありがとうございました!

では!

書評 ぜんぶ、すてれば (中野善壽 著)

久しぶりに、かっこいい!って思った本

それがこちら。

ぜんぶ、すてれば

ぜんぶ、すてれば

  • 作者:中野善壽
  • ディスカヴァー・トゥエンティワン
Amazon

すごく良い本だと思います。

感化された部分はたくさんあるのですが、

その中でも特に印象に残った部分を紹介していきます!

何も、必要ありません。

ぜんぶ、捨てればいいんですよ。

最初の文。

立ち読みしたときの衝撃。

この文で買うのを決めました(笑)

 

今日がすべて。

颯爽と軽やかに、ぜんぶ捨てれば。

僕が何より伝えたいのは、「今日がすべて」という言葉です。

情報が多く、将来のことも、周りの人も気になる時代において、「今に集中する」のはどんどん難しくなっているのかもしれません。

(中略)

明日地球が滅びるかもしれないし、誰かをあてにしてもしようがない。

自分を花開かせることができるのは、自分自身に他ならない。

すべては因果応報。将来をつくるのは、今日の自分。

今日の自分を妨げるものはぜんぶ捨てて、

颯爽と軽やかに、歩いていこうじゃありませんか。

8ページより引用

いろんな情報、いろんな意見が飛び交う世の中で、

自分がどう生きていいのか、わかりにくくなってしまうこともありますよね。

老後にお金を貯めておかないといけないとか、

なるべく未来のために貯蓄しておかなくてはならないとか。

そういう正論が世の中にはたくさんあって、

たしかに、そうしておくべきなのかもしれないけれど、

それに縛られて、がんじがらめになってしまっている人も多いかもしれません。

お金がないと幸せにはなれないと思い込んでしまっているし、お金によって得られるものもたしかにあるのだろうけれど、本来の幸せは、内発的なもので、内側から沸き起こってくるものなのではないでしょうか?

その内発的な幸福感を感じるには、執着を手放していくしかないのかもしれません。

執着というのは、今ではなく、過去か未来に対するものです。

今この瞬間に対して執着はできないですよね。

今とかこの一瞬っていうのはすぐに通り過ぎていってしまうから。

どんなに執着しても、絶えずどんどんと入れ替わっていくものです。

だから執着っていうのは、過去や未来に対してするもんです。

人間というのは、時間の概念があるからこそ、今を楽しめなくなってしまう。

猫には時間の概念がないから、あるのは一瞬一瞬だけ。

過去を嘆いたり、未来を憂いたりしているのは、人間だけで、

過去や未来を考えられるからこそ、発展してきたものもあるのかもしれないけれど、

そこに縛られてしまっていては、今を楽しめない。

 

そんなパラドクスの中に生きているのが人間なのだと思います。

だから、仏教とか、神道とかの教えの中には解脱とか、中今のような思想があるのでしょう。

昔っから人の幸せは変わっていない。

伝統ある宗教に、人々が惹かれるのは、そこに普遍的な幸せについてのヒントがあり、

その教えによって本当に幸せに近づいてきた歴史があるからなのでしょう。

 

ちょっと話が脱線しました(笑)

 

要は、今を楽しく生きないといけない!ということです。

未来とか過去から学ぶのは大事です。

そんなことは誰でもわかることです。

過去の失敗に学び、未来に理想を持って、逆算して計画を立てる!

それは大事なこと。

でも、計画を立てて、実行する今日は今日のみに集中すべきで、

未来の計画は今日によっていくらでもかわってしまうのですから。

例えば、事故ってケガしたら、計画は破綻してしまうかもしれない。

それこそ、計画を頭の中でグルグル考えて、周りを見ずに歩いていたら事故ってしまう可能性は高くなります。

そんなことは置いておいて、今は今!と集中しないといけないよねっていうことです。

 

世の中に安定はない。

常に流れるのが自然の摂理。

 

永久に存続する企業もないし、自治体だっていずれは消えていくと言われます。

そもそも僕たち人間が生かされている自然世界そのものが、

常に流れ、変化をし続けているのであって、今日と明日で一つとして同じものはない。

一日単位では気づきにくい微々たる変化だったとしても、

大きな流れの中では激動している。

 

そんな世界の中で必要になるのは、安定を求める心ではなく、変化に対応する力。

冷たい風を一瞬感じて立ち止まる力。

そして、足先の方向をクルっと変えて、また颯爽と歩き出す力。

変化に強い自分を鍛えていくことを、若い人にはおすすめします。

32,33ページより引用

おっしゃる通りなのだと思います。

 

でも、若者としては、どうしたって楽をしたくなる。

安定していたほうが明らかに楽ができるじゃないですか。

楽に稼いで、楽に暮らしたいっていう思いが今の若者には特に強くあるように思う。

だから、世の中で評価されるのは、ひろゆき氏なんですよ。

 

みんな疲れてしまっているのかもしれません。

これまで、正しいと思いこんで頑張ってきたのに、それがあんまり役に立たないかもしれないという現実を知ってしまったから。

しかも、昔ほどわかりやすい社会ではない。

単純ではないし、答えも明確なものが存在しない。

どうするかは自分次第。

でも、今までの生き方として、自分で決めてきたことが圧倒的に少ない。

 

そうなると、どうしたらいいのか、わからなくなってしまうこともあると思うんです。

わからないことは苦しいし、先が見えない苦しみは楽になりたいという願望を生みます。

でも、元来、自然の中に生きていたのだから、環境は変化していくものなのです。

安定はありえない。不安定が当たり前。

不安定を楽しむことが大切なのだと思います。

 

不安定を楽しむにはどうしたらいいのか?

僕にもその答えはわかっていません。

 

でも一つ言えるのは、変化に対応し、不安定を楽しむには、それなりに知性を身につける必要があるのではないか、ということです。

 

コロナの中で学んだのは、情報が錯綜するなかで、冷静さを保てていた人は明らかに知性がある人だったということです。

世界史だったり日本史だったり、

歴史的に見て、感染症というものがどうやって世界に広がっていって、また落ち着いていくのか、

ある程度の予測が立てられていた人は落ち着いて行動できていたと思うのです。

落ち着いている人は、その状況自体も楽しめるかもしれないし、冷静さを失ってしまっては、なにも楽しむことはできません。

 

変化に対応するには、変化が大きかった時代に人々がどう乗り越えてきたのか、

歴史から学んでおくことが大事なのではないでしょうか。

 

究極的には、人の生が安定するのは死んだときだけ。

生きている限り、ずっと不安定なのだから、安定を求めるのはナンセンスなのかもしれません。

安定していると思いこんでいるものはすべて砂上の楼閣。

思い込みの産物なのです。

 

不安定は怖い。

でも、不安定を楽しむ勇気を持ちたいものです。

 

そんな感じで、めちゃくちゃいい本だったので、気になった方は読んでみてください!

 

ぜんぶ、すてれば

ぜんぶ、すてれば

  • 作者:中野善壽
  • ディスカヴァー・トゥエンティワン
Amazon

 

では!

頑張って手にしたものを捨て去る勇気を持てるかどうか

最近の僕の悩みは、

もっぱら院試が落ちたかもしれないことなのだけれど、

院試に落ちようが、落ちなかろうが、

どっちにせよ、問題になることがある。

それが、頑張って手にしたものを捨てされるかどうかという問題。

僕はめちゃくちゃ頑張って神大に受かったし、めちゃくちゃ頑張って単位を取ってきた。

だからこそ、どうしても、それを手放してしまうのはもったいないのではないか?

ということを思ってしまう。

せっかく、頑張って手に入れたものなのに、

それを大して活用できない仕事をしても良いのか?

とか、

大企業に行って、しこたま金を稼がないと、今までのしんどさの元は取れないのではないか?

とか、

そういう損得勘定のもったいない精神が僕の中の問題なのである。

そういうのは置いておいて、

本当に楽しめることや、

本当に人のためになることをしたい!

と思っている。

それなのに、世間的な価値観が邪魔をする。

いや、世間的な価値観だけではなく、

少し見栄っ張りな自分の問題でもある。

 

見栄とか、見てくれ、みたいな

自分の外側を取り繕ってしまう己の弱さと向き合わなければならない。

たぶん、それを気にしている限り、本当に心の底から仕事を楽しむことはできない。

執着を手放すっていうのは、

自分が頑張って手に入れたものを手放すということで、

自分が頑張ったからこそ、執着してしまうし、それにすがりたくもなってしまう。

 

でも、本当は頑張って手に入れても、それを手放して変化、変容していかないと、人間として成長できないし、成長できないということは、幸せにもなれない。

 

我を捨て、覚悟を決めて、利他の心で生きることでしか、幸せにはなれない。

でも、現実に生きていると、それは結構難しい。

頭でわかっていても、実践は容易ではないんですよね。