ZAKIOLOGY

受験生から大人まで勉強を楽しみたい人のために

【書籍レビュー】マルクス・ガブリエル著「つながり過ぎた世界の先に」

こんばんは。

おざきです。

今回は、マルクス・ガブリエル著「つながり過ぎた世界の先に」

を読んだので、レビューしていこうと思います。

 

 

 

人類がウイルスから得た教訓

人類がウイルスから得た教訓とは、

人々は、倫理的な行動をすることで環境も経済も両立することが可能である。

ということです。

昨今では、持続可能な社会を実現しよう!という方針が打ち立てられていましたが、

ウイルスによって半強制的に一時的にそれを経験できたのです。

ウイルスがはやったことによって、大気汚染が減少し、川の水は透き通った。

倫理的に環境を守りながら、経済も回すことは可能だったのです。

 

マルクス・ガブリエル氏は、「善の収益化」という言葉で経済における価値と、倫理的な価値を結びつけることの重要性について述べています。

 

「ネイチャー・ポジティブ」な経済は実現可能です。

経済的価値体系を、倫理的価値体系と一致させればよいのではないでしょうか。

私はこれを「善の収益化」と呼んでいます。

善を収益化できるのに、我々はなぜ悪を収益化するのでしょう?

搾取が最高のビジネスモデルだと決めたのは誰でしょう?

搾取モデルはちっとも良いモデルではなく、今崩壊しつつあります。

 

コロナ後のビジョン

コロナ後のビジョンとして、議論が盛んなのが、

ディストピアユートピアかという議論です。

ディストピアというのは、ユートピア(理想郷)の反対の世界で、最悪の世界のことです。

ジョージオーウェルの1984のような管理社会になってしまうのではないか?

という懸念を示すインテリの方々も多くいらっしゃいますが、

マルクス・ガブリエル氏はユートピアのような社会について本書で言及しています。

この危機を経た後のビジョンとして、私は環境への配慮が行き届いた、技術的に進んだ世界を思い描いています。

そこではもっとゆったりしたスピードでグローバリゼーションが起き、人々が敬意と感謝の念を持って生きています。

「ありがとう」という言葉が頻繁に交わされ、誰もが生きていることに感謝し、人との出会いや食べ物に感謝し、知的な生命が宿るこの地球に住んでいることに感謝しています。

 ものすごく良い社会だなと思います。

そして、日本についても述べていて、

しかし今の日本は、他の多くの場所と同じように非常にアメリカナイズされてきたという問題があります。日本のアメリカ化は止めなければなりません。

日本人より、よくわかっていらっしゃるなと思います。

 

 日本は戦後GHQの戦略によって洗脳されてきました。

それをWGIP(war guilt information program)と言いますが、要は「戦争の罪の意識とアメリカ的な価値観って良いよね!」ということが植え付けられるようになっていたわけです。

日本人は日本人としての誇りを持てなくなってしまったわけですが、

日本人は日本人らしさを取り戻す必要がある。

このことに関しては、藤原正彦氏の「日本人の誇り」という本が参考になります。

 

日本人の誇り (文春新書)

日本人の誇り (文春新書)

 

 なぜ、日本人が日本人としての意識を取り戻す必要があるのか?

僕は、答えは神道にあると思う。

マルクス・ガブリエル氏の言うような世界が実現されるには、

神道的な価値観が根付かなければ難しい。

神道は和える文化であり、いろいろな価値観を複合的に包括できる素養を持っています。

その神道に古くから触れている民族は?

日本人だけです。

そのような世界の雛形になることができる可能性を多く秘めているのがここ日本です。

冗談ではなく、本当にこの世界は明らかに一神教的な価値観、善悪二元論的な価値観、

階級社会構造が崩壊しつつあります。

その崩壊した先にある世界は、多神教的な価値観、一切空の価値観、球面体の構造です。

この世界を象徴するのが神道です。

日本人はもう一度神道に立ち返るべきときに来ている。

そのことまでマルクス・ガブリエル氏は言及していませんが、

自然と共存することの重要性について言及しており、

神道は自然と共存することを前提としていますから、非常につながる部分があるのではないかと思っています。

我々が「生きている」ことを実感するとき

本書では、最後に死生観についても言及していて、非常に興味深かった。

 

カントは「考える」ことだけではなく、感覚に関することにもかなり言及しています。シラーもそうなのですが、美的な体験が重要だといっています。私もそれに同意します。我々が、「確かに生きている」といえるのは、美を感じた瞬間ではないでしょうか。

 

この考えについては激しく同意するところであります。

 

本書では「美を感じる体験」のことを「感覚的快楽」と訳されていますが、

感覚的快楽というより、「魂が揺さぶられるような感動」と捉えるほうが良いのではないかと思います。

言葉選びの違いに過ぎませんが、

「美を感じる心」は「魂の次元での感動」です。

ライプニッツの言うところの「モナド」です。

 

ちなみにライプニッツの思想は、非常に東洋的で、神道に馴染んでいる僕はとても感化されました。

 

ライプニッツは万物には根源となるモナド(魂)があると考えましたが、

神道でいうところの八百万の神です。

神道では万物に神が宿ると考えました。

 

ライプニッツもカントもマルクスガブリエル氏もみんなドイツ出身でありながら、

割と東洋的な考え方をお持ちになっているのが非常に面白い点だと思います。

にしても必ず優れた哲学者が現れるドイツには感服する。

ドイツという土壌には優れた哲学者が生まれる環境が整っているのだろうか。

 

最後に

この本は割と哲学を知っていないと辛いかもしれないです。

哲学を知っていると、非常に知的ハイになるそそられる本です。

非常にオススメです。

つながり過ぎた世界の先に (PHP新書)

【書籍レビュー】「同調圧力なんかクソくらえ」

こんにちは。

おざきです。

今回は、堀江さんの新刊「同調圧力なんかクソくらえ」を読んだので、

書評していきます。

 

同調圧力なんかクソくらえ (宝島社新書)

同調圧力なんかクソくらえ (宝島社新書)

  • 作者:堀江 貴文
  • 発売日: 2021/02/26
  • メディア: 新書
 

 

 

おかしいことはおかしいとハッキリ言う勇気

やはり堀江さんの本は本音しか書かれていないので読んでいて面白いなと思います。

最近のおかしいことと言えば、マスク。

マスクは明らかにおかしいですよね。

バイト先では着けることが義務的になっているので、付けていますが、

他のところではあんまり着けないようにしています。

正直なところ、外でもマスクしている人は花粉症ならまだしも、なんでわざわざ外でマスクしているのだろう?って疑問に思います。

スタバに行ってみれば、大抵、女性が2、3人で割と大声で喋っていますよね。

そんなナンセンスなことをしておいて、マスクを強要するとかw

そもそもマスクなんてザルですし、

医者はマスクを毎時間捨てていることなんて常識ですし、

洗って使えるマスクなんて不衛生極まりないw

だから、マスクって自分の知性の低さを露呈しているだけだと思います。

以前にもマスクについて書いたことがあるので、興味ある方は下のリンクからどうぞ。

 

zakiology.com

 

合理主義的な見方にも一理ある

堀江さんは、合理主義的な見方が優れていると思います。

堀江さんは、どこまでもムダ・ムリ・ムラを省く姿勢があって、

そういう姿勢を僕は貫けないし、感情論を挟んでしまうこともしばしばです。

その点では、やはり堀江さんのような現実を直視して、感情を挟まずに問題を指摘する力というのは、非常に大切なことだと思います。

この本の中で、衝撃だったのは、

尖閣諸島は中国に、竹島は韓国に、北方領土はロシアにあげちゃえば?

というところ。

 

正直なところ、小学生か中学生のときに尖閣諸島竹島の問題がニュースで取り沙汰されているとき、同じようなことを思っていました。

「なんで、こんなめんどいことやってるんだろ?」

「そんな小さい島なんてあげちゃえば、関係も改善するんじゃね?」

って言語化できてはいなかったものの思っていました。

 

けれど、高校生になって、大学生になって、

「領土問題は大きい問題なのだ。」

と決めつけてしまっていて、そういう視点を持てなくなってしまっていました。

 

シンプルに、

「これって無駄じゃね?」

という疑問を持って無駄をなくすことで、

かなり時間の余裕も心の余裕も持てるようになるものです。

 

そういう合理的なものの見方も大切だなと再確認させてもらいました。(全部合理的にとはいかないが

 

 

他人が自分の正義を振りかざして干渉してくるときこそ抗う

堀江さんが、猛烈に反発しているときは、どういうときか?

を考えてみると、

他人が自分の正義を振りかざしてくるとき。

なのではないかと思います。

 

マスクで言えば、マスクしないと店に入れてくれないとか。

 

そんなことができる権利など存在しないのに、

同調圧力という大義名分を振りかざして、攻撃してくる人が一定数いる。

 

そういう人に対しては、徹底的に抗っていくのも大切なことなのではないでしょうか。

 

同調圧力に従ってまわりに流されている方が気持ち的には楽かもしれない。

しかし、それは他人の人生を生きているだけであって、自分の人生を生きていない。

自分の選択は自分で決断するのが当然だし、

他人からの干渉に負けていては幸せな人生を送ることなんてできやしないんですよね。

 

「おわりに」の文章が非常に良い文章だったので、最後に引用して終わります。

「多数派にとっての正義」なんかに流されることなく、頭と身体をしっかり使って自分自身の人生を生きてほしい、と心の底から願う。

惰性でみんなと同じ行動をとっていては、間違いなくバカをみる。

同調圧力の呪縛から解き放たれたとき、世界はまるで違った様相を呈するはずだ。

同調圧力なんかクソくらえ」

くじけそうになったらぜひ、この言葉を思い出してほしい。

 

 

同調圧力なんかクソくらえ (宝島社新書)

同調圧力なんかクソくらえ (宝島社新書)

  • 作者:堀江 貴文
  • 発売日: 2021/02/26
  • メディア: 新書
 

 

結局のところ勉強は最高に面白い遊びだ!

こんばんは。

おざきです。

今回は、「超勉強力」という本を読んだので、思ったことを書いていこうと思います。

 

「超」勉強力

「超」勉強力

 

 最近、ニュースピックスのYou Tubeを見て、山口さんについて気になっていたので買ってみました。

しかも僕が何冊も読んできている中野先生との共著!

お二人はどちらも東大卒のエリートなわけですが、

非常に面白い内容でした。

 

勉強は凡人が活躍するための最強の武器

 

まず、

お二人は決して天才ではない。

正しい努力の積み重ねをされてこられた方々です。

なので「虚心坦懐に」読む必要があります。(くれぐれも

 

「東大卒なんて結局才能でしょw」

とか

「東大なんて自分には到底無理。」

という先入観を持っていては、伝わるものも伝わらないものです。

 

この本は、ちゃんと努力した人が書いた本であり、自分にもつながる部分が絶対ある。

そういう姿勢で読んでいただいたほうが良いだろうと思います。(いつでも大事

 

で、そういう姿勢でこの本を読んでまず、思ったのは、

勉強は凡人が活躍するための最強の武器である。

ということです。

 

勉強って、だれでもできるし、だれでも努力次第でどうにでもなる。(とりあえず遺伝子格差はおいておきましょうw

しかも何歳になっても楽しめるし、お金が無くても頭の中には残ってる。

 

なんで、読書が好きなのか?

と聞かれると、

ただ楽しいから

っていうこともありますが、

最強の投資だからです。

 

お金って最悪、落としたらなくなってしまうけれど、

知恵や、知識は落とすことがないんですよね。(わすれても思い出せる

 

しかも、本なんてそもそも盗難される恐れが殆どないですし、

そもそも泥棒するバカは本なんか興味ないので、

一番リスクが低い投資先であり、

一番リターンが大きい投資先なわけです。

 

こういうとそんな損得で選んでるのってどうなん?

って思われるかもしれませんが、

読んでるときはただただ楽しんでますからご心配なくw

 

「義務としての学び」と「よろこびとしての学び」

この本の中で一番、刺さったのは、

中野さんの「義務としての学び」と「よろこびとしての学び」

というパートです。

ただ、スポーツをするとするなら「筋力があったほうがダイナミックなプレーができたりスピードが出せたりして、より楽しむことができる」

ということを忘れてはなりません。そうした基礎的な訓練は、およそスキルが必要とされるものごとすべてにあてはまるでしょう。

勉強に置き換えるなら、

「義務としての学び」を積み重ねて、基礎的な力やスキルをある程度身につけていなければ、いつまで経っても「よろこびとしての学びに到達できないということになります。

これは、本当にそのとおりだと思っています。

なんでそんなに読書してんの?

とか

なんでそんなに勉強してんの?

って聞かれることがたまにあるのですが、

 

勉強することが喜びだからです。

 

勉強する意味なんてないでしょ。とか

勉強したってわからないし。とか

勉強そのものが楽しいし、勉強自体が目的化している人にとっては、ナンセンスなんです。

で、

大事なのが、「基礎」を習得しているから楽しめるということ。

僕は大学受験を終えてから、ひたすらに勉強が楽しくなった。

僕にとって、大学受験が「基礎」であり、スポーツでいうところの「筋トレ」だったわけですね。

筋トレして、基礎体力が身について、

 

「さあ、大学はご自由にどうぞ!」

 

って言われたら、超ワクワクがとまらなかったわけ。

 

僕はその点では大学受験は大きいものだと思っています。

大学受験で難関大に入れるかどうかで、全く違う。

難関大に入れない人は基礎がないので話が通じなかったりするんですw

 

僕の大好きなハイキューにもそういう感じのことを言っている場面が多々あって、

ツッキーが木兎に感化されるときとか、

ツッキーがウシワカのスパイクとめるときとか、

日向がレシーブにハマったときとか、

上げればきりがないんですが、

本当に楽しむためには強さが必要なんですよね。

 

勉強も同じで、楽しむには基礎がないといけない。

 

基礎ができたら、あとは自分の興味の赴くままに「よろこびとしての学び」を積み重ねてくことが大切なわけです。

 

「あーやっぱり、中野さんもわかってるんだな」

ってちょっと上から目線だけど、そう思いました。

 

 

 

結局、勉強は最高に面白い遊びだ

勉強は最高の遊びです

これには異論を認めない。

 

古代ギリシャではなぜ、あれほど哲学や数学が発達したのか?

勉強が遊びだったからです。

 

というか、勉強は本質的に遊びです。

 

大学受験までは義務感ありますけど、

大学以降の「大人の学び」は遊びでしかありません。

 

僕は大いに遊んでいますw

 

毎日たくさん遊んでいます。

 

ありがたい限りですw

 

最後に

ここまで読んで、気になった方は、下のリンクからどうぞ!

「超」勉強力

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

では。

【書籍レビュー】大好きなことで、食べていく方法を教えよう。 が素晴らし過ぎた!

こんばんは。

おざきです。

今回は、千田琢哉著 「大好きなことで、食べていく方法を教えよう。」

を読んで、感動したので、レビューしていきます!

 

大好きなことで、食べていく方法を教えよう。

大好きなことで、食べていく方法を教えよう。

  • 作者:千田 琢哉
  • 発売日: 2018/01/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

「好きなことで生きていく」という言葉が広まって久しいですよね。

そんな中でも、

「そんなのは理想論だ」

と思ったり、

「本当は、好きなことをしたいけど現実的に無理」

という人も多いのではないでしょうか?

 

僕も、本当は大学でもっと自由に学びたいし、

もっとたくさん本を読みたいです。

 

そんな「煮え切らない思い」を抱いている人には、この本がとてもオススメです。

 

僕がこの本から得たヒントの中から特に「これは良い!」と思った部分を三つほど、紹介します。

 

小学校の通信簿の担任からのコメントにヒントあり

千田さんは、他の本でもそうですが、

過去に自分が好きだったこと、

過去に夢中になっていたこと、

に好きなことで生きていくためのヒントがある。

とおっしゃっています。

 

僕もこれは本当にそうだと思っていて、

今こうしてブログを書いていますが、

小学生のとき、

感想文の作成スピードが異様に早かったんですよね。

なんかいろいろな場面で感想文を書かされることが多かったんですけど、

いつも誰よりも早く作文を書き上げていたように記憶しています。

 

ブログを始めたときには気づきませんでしたが、

「言われてみれば、たしかに文章を書くのは好きだったな」

みたいな感じで、あとから気づかされました。

 

で、この「小学校の通信簿の担任からのコメントにヒントあり」

っていうのは、

小学校のときに自分がどういう風に大人から見られていたのか?

を知ることで、自分の特性を知ることができる。

ということです。

本書では次のように書かれています。

「三つ子の魂百まで」という言葉もあるが、小学生の頃というのは意外にも自分の好きなことの根っこを作っている、本質に気づかされることが多い。

僕が思うに、

小学生のころというのは、本来性で生きているので、いい意味で世間体を意識していないし、集合的無意識の悪影響を受けていないから本音がよく現れている。

ということだと思いました。

だから、小学生のころの自分というのを思い出すことによって、

自分の内に秘めた才能や本質に気づく。

そうすると、大好きなことで生きていくためのヒントが得られるんですね。

 

自分がこれまでしてきた決断のパターンを虚心坦懐に思い出す

千田さんは、本書の中で人の決断には二つのパターンがある。と言っていて、

①世間体を重んじた決断

②世間体を無視した決断

という二つです。

この二つの決断について次のようにおっしゃっています。

前者の決断が悪くて後者の決断が良いというわけではない。

ただ決断には二つの種類があるという、ありのままの事実を知ってもらいたいだけである。

ここで大切なことは、誰にでも人生に一度くらいは後者の決断をした経験があるということだ。

つまり正しいことよりも好きなことを選んでしまった経験である。

うっかり好きなことをして痛い目に遭った人もいれば、意外にうまく事が進んだ人もいるだろう。

成功したか失敗したかは問題ではない。

あなたの好きなことというのは、あなたがうっかり間違えて好きなことを選んでしまったことを思い出せばいいという話をしているのだ。

 ぼくも、人生を振り返ってみると、

世間体を重んじた決断(親の顔色をうかがった決断)と世間体を無視した決断(親の嫌がる決断)の二つしかしていなかったなと思います。

 

人って大きくなるにつれて決断することを求められるライフイベントに数多く出くわすと思うんですが、

大きくなるにつれて世間体に影響を受けたり、「いい子ちゃん」を演じることが上手になっていきますよね。

そんな中でも本音を通した瞬間、自分の軸を貫いた瞬間を思い出すと、

進むべき道が見えてくるんだと思います。

 

 

素直な人は気づかせてもらえる

これは究極的なことですが、

本当にその通りだと思います。

素直な人は本当にチャンスを得やすい。

これは自意識過剰かもしれませんが、

僕は普通の人よりもかなり素直な人間だと勝手に思っています。

 

僕は素直だったからいろんなチャンスを与えてもらったし、

素直だから得したことがかなりたくさんあります。

 

本書では次のように書かれています。

結局のところ、知恵を授かるかどうかは頭の良さではなく素直さにある。

 

これには激しく同意するところであります。

 

本質的に素直な人は信頼を得やすいです。

素直に好きと伝えられる人、素直に嫌いと伝えられる人。

そういう人は信頼されます。

 

神様だって素直な人を応援したくなるものです。

神道では、「偶然は神なり」

 という思想がありますが、

偶然起きた出来事に気づきや悟りを得られる人は明らかに素直な人です。

 

神様を信じるか信じないかではなく、

神様がいるとして、素直な人とひん曲がった人、どっちを応援したくなるだろうか?

と考えてみることです。

答えは明らかですよね。

 

最後に

この本にはこの記事では紹介しきれないほどのヒントや気づきがありました。

本当に素晴らしい本だったので、とてもオススメです。

気になった方は下のリンクからどうぞ!

大好きなことで、食べていく方法を教えよう。

【書籍レビュー】「コーヒーのある暮らし」を読んだので褒めちぎってみた!

こんばんは。

おざきです。

今回は、「コーヒーのある暮らし」という本を読んだので、

褒めちぎっていこうと思います。

 

 

淹れる・選ぶ・楽しむ コーヒーのある暮らし

淹れる・選ぶ・楽しむ コーヒーのある暮らし

  • 発売日: 2020/11/18
  • メディア: 単行本
 

 最近では、「家カフェ」という言葉が示すように、

家の中で楽しむコーヒーが注目されていますよね。

 

そんな中で、オススメなのが、この本です!

 

ここからは、オススメのポイントを三つに絞って書いていきます!

 

コーヒーの基礎知識まで網羅!

まず、コーヒーの基礎知識や背景知識まで網羅してくれています!

 

僕は、こういう豆知識が好きなので、

こういう情報を体系的に網羅してくれているのはたいへんありがたいわけですw

 

「そんな情報なんてネットにあるじゃん」

って思った方もいるかもしれませんし、

確かに、そうです。

 

そうなんですが!

ネットは体系的にまとまっているものが少ないですし、

圧倒的に本の方がまとまっています。

 

しかも執筆者の熱意も全く違いますから、

ネットよりも情報のエネルギーが高いんですよね。

 

そんな感じで、

良い情報が体系的にまとめられているのがオススメポイントの一つ目です。

図や絵が和む!

次に、図や絵が和むんですよねw

ちょっとした絵本を読んでいるような気分になりますw

 

「写真の方がわかりやすいじゃん」

という方もいるかもしれませんが、

 

僕は、絵の方があたたかみがあっていいなと思いました。

 

あと、ちゃんと写真を使うべきところでは、

写真がつかわれているので、

絵と写真の二刀流みたいな感じになっているのもいいですね。

 

写真を使うべきところっていうのは、

ドリップの行程を見せるところです。

 

ドリップの行程では、

  • どんな風に蒸らすのか
  • どんな風にお湯を注いでいけば良いのか

みたいな具体的なところが大切なので、

そういうポイントではちゃんと写真を使ってくれています。

 

他の、

  • どんなドリッパーがあるのか
  • どんな豆のひき方があるのか

みたいなところは絵が使われていて、

妙に和むんですよねw

 

ところどころに登場する絵の雰囲気も好きですw

 

あとは、デザインやレイアウトがかなり洗練されていて、

見やすいデザインになっています。

 

著者の方は

何を読者に見せたいのか?

というのをかなり意識されたように感じましたw

 

ドリップの種類が豊富!

紹介されているドリップの種類がかなり豊富でして、

ドリッパーの種類はさることながら、

ペーパーの種類も網羅していますし、

フレンチプレスも、エスプレッソも、サイフォンも…

っていう感じで、

「すべて網羅できているんじゃないだろうか?」

と思うほどに充実していました。(感動したw

 

 

最後に

僕は、毎日自分でドリップしたコーヒーを飲んでいまして、

とてもコーヒーが好きなんですが、

「まだまだ勉強したりないことが多いな」

と実感させられましたw

 

カフェでバイトさせていただいておりまして、

店長にもいろいろと教えていただいたりしているのですが、

教えていただいたことの復習にもなり、

とてもありがたい一冊でした!

 

ちなみに、

僕が好きなコーヒー豆はインドネシアのマンデリンですw

 

気になった方は下のリンクからドウゾ!

淹れる・選ぶ・楽しむ コーヒーのある暮らし

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

では。

意外とみんな知らないワクチンと変異の関係

こんにちは。

おざきです。

今回は、ワクチンと変異の関係について書いていこうと思います。

 

肌感的にあんまり知らない人が多い気がしたので、軽く書いていきますね。

ワクチンとトレードオフの関係

まず、ワクチンについては、

あんまり信用しないほうが良いでしょう。

たしかにある程度の効果は認められていますし、

効果がないわけではありません。

ただ、ワクチンというのは、根本的にトレードオフの関係の中にあります。

トレードオフというのは、

「効果」と「安全性」という相容れない2つのもののバランスをとっている

ということです。

つまり、

ワクチンの安全性が上がれば上がるほど、効果は下がりますし、

逆に安全性が下がれば下がるほど、効果は上がります。

根本的にこういう性質を持っているので、

多少効果はあるけど、多少危険。

っていうものにとどまるんですよね。

 

極論を言えば、

一回ウイルスに感染するのが一番効果的なワクチンなわけですw

人間に感染すると変異のスピードが早くなる

それを踏まえた上で、変異についてなんですが、

自然宿主の場合と人間が宿主の場合で、変異のスピードが全く異なります。

 

人間が宿主の場合のほうが、圧倒的に変異のスピードが早いんですよね。

 

自然宿主というのは、コウモリやニワトリなど野生生物や家畜のことです。

 

自然宿主の場合は、かなりバラエティーに富んだ変異をするんです。

そもそもウイルスと自然宿主は共生関係、協力関係にあるので、

ウイルスも変異に対してスピードがゆるいんです。

 

しかし、自然宿主から人間に感染すると、

変異がめちゃくちゃ直線的で、めちゃくちゃ早くなっていくんです。

 

人間って、ウイルスと共生するというより、排除しようとしますよね。

その典型的な例がワクチンなわけですが、

ワクチンなどを開発すればするほど、ウイルスはワクチンによる抗体をかいくぐろうと頑張るんです。

 

そして、その変異が極端に強毒性になった場合に、死者がたくさん出てしまうわけです。

 

かといって、なんもせずに人間も共生すればいいというわけにもいかなかったりする。強毒性のウイルスに対してはワクチンを開発しないわけにもいかないんですw

 

特に、エボラウイルスのような致死率がものすごく高いウイルスに関しては、ワクチンは必要だと思います。

ただ、コロナウイルス程度であれば、そんなに打たなくても良いかもしれないです。

そこらへんは定かではないんですが、コロナウイルス程度であれば、極端に強毒性に変異しない限りは打つ必要はないように思います。

先程も書いたように、ワクチンを開発すると変異が起きやすくなるのは避けられないので、イタチごっこ状態になってしまいます。

 

まあ、そんな感じなので、

ワクチンが普及すれば世界は救われる!

みたいな極端な希望的観測はやめておくことをおすすめしますw

 

詳しく知りたい方にオススメの書籍はこちら↓

 

ウイルスは悪者か―お侍先生のウイルス学講義

ウイルスは悪者か―お侍先生のウイルス学講義

 

 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

では。

【書籍レビュー】『マルクスガブリエル 新時代に生きる「道徳哲学」』を買ったので書評してみた! めっちゃいい本!

こんにちは。

おざきです。

今回は、『マルクスガブリエル 新時代に生きる「道徳哲学」』の書評をしていこうと思います。

 

 

 

この本、まじで良かったです!

マルクスガブリエルさんは哲学者で、めちゃくちゃ賢い!

幼少期から哲学に触れ、高校生のときは高校に通わずにすべての単位を取り、かつ哲学書を読みあさったそうw(クセ強すぎw

 

そんな彼が、

今の世界に対してどう思っているのか?

どうしていけば良いのか?

ということについて詳しく書かれています。

 

この本は、インタビュー形式でわかりやすいです!

インタビュアーの方も良い質問をされていて、

読んでいるだけで、実際に対話している感じになりましたw

 

では、ここからは、3つテーマを拾って紹介していこうと思います。

 

正義と悪がはっきりしない世界での思考法とは?

最近の世の中って、本当にシロクロつけにくいですよね。

例えば、マスク

マスクはつけるのが当たり前!

と考えている人もいれば、

マスクは別につけなくてもいいよね。

と思っている人もいます。

ちなみに僕は、別につけなくてもいいよねって思ってます。

体調が悪い人がつける分には賛成ですけど、

体調も悪くない人がつけていても意味はありません。

それどころか、マスクをつけることによって口呼吸になって口が乾燥して口内環境も乱れますしそれによって逆に、、、、みたいな。

「他人の目が怖いからつけたくはないけどつけておこう。」

という消極的な構えの人が多いのではないでしょうか?

僕も無意味に攻撃されるのは嫌なので飲食店などではつけるようにしてます。

 

このようにマスクというかなり小さなものをとってみても、

いろいろな立ち位置の人がいて、

絶対的な正義と絶対的な悪は存在していないんですね。

そもそも科学が「仮説が『いまのところは正しい』としか思えない。」

というだけのものであって、絶対的に正しいものなんて存在しないんです。

 

そういう世界においては、

極端な2つの意見をどっちも知った上で、

グラデーション的に見ていく。

ということが大事になってきます。

 

そのことを本書では「1から10」という例えを用いて説明してます。

例えば、

「マスクなんて一切必要ない!」っていうのを「1」

「マスクは絶対にいつでもどこでもつけるべき!」っていうのを「10」

とすると、

自分は1から10のうちどこらへん?

と考えるということです。

僕の先程の意見は、おそらく3〜4のあたりに該当するんでしょう。

 

そんな感じで、自分の立ち位置はどこなんだろう?

あの人の立ち位置はここらへんかな?

みたいな感じで把握していくといいんですね。

 

僕も両方の意見をちゃんと見るように心がけていて、

「緊急事態宣言不要派VS必要派」という記事も書いたことがありますw

 

zakiology.com

 

白黒つけにくいことに関して考えるときには非常に大切な考え方なので、

ぜひ参考にしてみてください!

 

 

科学至上主義から離脱する

さきほどの話にもつながってくるのですが、

今の世の中は科学至上主義に偏りすぎですよね。

そのことに関して、マルクス・ガブリエル氏は警鐘を鳴らしていて、

僕も激しく同意するところであります。

あとがきから少し引用してみると、

こうした科学技術「信仰」が強い現代社会では、科学=合理性と何のためらいもなく直線的に結び付けられがちです。

しかし、科学もまた一つの方法論であり、そこから導き出された答えも、総合的な価値判断にあっては、一つの指標に過ぎないはずです。

科学的にエビデンスがあるのか?

という問いはたしかに大切ではあります。

しかし、科学的にエビデンスがなくても正しいことはわかったりします。

「明らかに間違ってること」ならなおのこと人間の直感、人間の美的感覚でわかります。

そしてたいていの場合、「明らかに間違っていること」以外はシロクロつけにくいんですよね。

どの意見にも「一理ある」と思えるようなことばかりです。

そのような人間的な曖昧さ、多面的な側面というものを理解するには科学だけに頼っていてはいけないのだと思います。

そのような意味において、科学至上主義からの離脱は必要だなと思いますね。

日本的な考え方の可能性について

で、これもつながってくるのですが、

日本的な考え方って、科学的に根拠がないことが多いわけです。

たとえば、

日本人の当然の習慣として、靴を脱ぐ習慣がありますよね。

「なんで靴脱ぐの?」って言われても、

「いや普通は脱ぐものだから」

としか言えないと思いますが、この習慣ってかなり衛生的な面を考えると優れた習慣なわけです。

 

言ってしまえば、「おばあちゃんの知恵」には論理を超えた正しさがあったんですね。

 

足を冷やさないようにしなさい。

トイレはきれいにしなさい。

米粒には神様が宿ってるから残さず食べなさい。

 

そういうことをよく叱られました。

べつにおばあちゃんは科学なんて知らないし、

足を冷やさないことが体に良いってことは知っているけど、

どうしてそうなのかはわかっていない。

でも、それで良いんです。

 

日本にはそういった科学が追いついていないような考え方が多く残っています。

 

その一つが禅 です。

最近ハヤリのマインドフルネスってやつです。

マインドフルネスなんて言わずに禅 と言ったほうが日本人には馴染みやすいだろうと思うのですが、西洋主義に偏っているからか、マインドフルネスっていう言葉が独り歩きしてる感がありますよね(細かいw

 

ある時点で、人間は存在し、意識をもち、存在したり、しなかったりを繰り返します。

そして最後には存在しなくなります。この存在の点滅はどこかの場所で起こるわけではありません。どこかの広い空間で、現実になにかが点滅しているのではありません。

ただの点滅です。(中略)

 

仏教でも同じような考え方がありますよね。

私の考えが日本人に受け入れられるのは、日本人の精神の重要な層に私の考えと呼応するものがあるからだと思います。

ほかにも層はありますが、日本の思想の歴史には顕著な層があります。

禅 です。

禅には この考えを是認する要素があるのではないでしょうか。

 

本書の中では上のように述べられています。

 

身も蓋もない話をすると、

世界最先端の人物ほど、日本に興味を示します。

有名なのはスティーブ・ジョブズがめちゃくちゃ禅を取り入れていたっていう話です。

 

日本的な考え方は、今後の世界でもかなり重要になってくるだろうと思います。

言ってしまえば多神教的な価値観。神道的視点です。

 

これは僕がいつもコミュニティで教えてもらっていることでもありますが。

 

そんな感じで日本的なものの見方も大事にしていこうぜ!

っていう話でしたw

 

最後に

いかがでしたでしょうか?

かなり僕的な視点も交えて書いたので、本書とすこし齟齬があるかもしれませんが、

そこはご愛嬌。ということでw

本当に新時代にふさわしい考え方が詰まっている本だと思ったので、

興味があるかたはぜひ買ってみてください!

マルクス・ガブリエル 新時代に生きる「道徳哲学」 (NHK出版新書 645)

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

では。